国際法からみた便衣兵の処罰[04]便衣兵の法的性質

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国際法からみた便衣兵の処罰ic
国際法からみた便衣兵の処罰 総目次
1.はじめに
2.研究者の議論
3.便衣兵とは何か
4.便衣兵の法的性質
5.戦争犯罪人の処罰方法
6.戦争犯罪の処罰に裁判を実施した事例
7.無裁判処罰を違法とした判例
8.まとめ
9.参考文献

 先の信夫の説明にあるように便衣兵は「交戦者たるの資格をみとめざる」者だという。そこで、その法的性質について確認してみたい。

信夫淳平

信夫淳平『戦時国際法講義 第2巻』
便衣隊なるものは大体斯の如きもので、概言するに、即ち前に述べた横川沖両志士の如き真個に憂国の至情に出でたるものは別とし、その性質に於ては間諜よりも遥に悪い(勿論中には間諜兼業のもある)。間諜は戦時国際法の毫も禁ずるものではなく、その容認する所の適法行為である。ただ間諜は被探国の作戦上に有害の影響を与ふるものであるから、作戦上の利益の防衛手段として戦律犯を以て之を論ずるの権を逮捕国に認めてあるといふに止まる。然るに便衣隊は、交戦者たるの資格なきものにして害敵手段を行ふのであるから、明かに交戦法則違反である。その現行犯者は突如危害を我に加ふる賊に擬し、正当防衛として直ちに之を殺害し、又は捕へて之を戦律犯に問ふこと固より妨げない。

信夫淳平『戦時国際法講義 第2巻』p.p.82-83

 信夫によると、「便衣隊は…交戦者たるの資格なきものにして害敵手段を行ふのであるから、明かに交戦法則違反である」という。

立作太郎

 次に、信夫同様に戦前・戦中の戦時国際法の著名な研究者である立作太郎の見解を見てみよう。

立作太郎『戦時国際法論』
戦時犯罪中最も顕著なるものが五種ある。(甲)軍人(交戦者)に依り行はるる交戦法規違反の行為、(乙)軍人以外の者(非交戦者)に依り行はるる敵対行為、(丙)変装せる軍人又は軍人以外の者の入りて行ふ所の敵軍の作戦地帯内又は其他の敵地に於ける有害行為、(丁)間諜、(戊)戦時叛逆等是である。……

(甲)軍人(交戦者)に依り行はるる交戦法規違反の行為  交戦法規違反の行為(註)に関して国際法上国家が責任を負ふ以外に於て、違反に関係する軍人が相手国の権内に陥るときは処罰を受けるのである。
(註)軍人に依る交戦法規違反の行為を例示せば・・・・・・(2)敵国または敵軍に属する者を背信の行為を以て殺傷すること・・・・・・

(乙)軍人以外の者(非交戦者)に依りて行はるる敵対行為 軍人以外の者(即ち私人)にして敵軍に対して敵対行為を行ふ場合に於ては、其行為は、精確に言へば国際法規違反行為に在ら非ざるも、現時の国際法上、戦争に於ける敵対行為は、原則として一国の正規の兵力に依り、敵国の正規の兵力に対して行はるべきものにして、私人は敵国の直接の敵対行為に依る加害を受けざると同時に、自己も亦敵国軍に対して直接の敵対行為を行ふを得ざるを以て、敵対行為を行ふて捕へらるれば、敵軍は、自己の安全の必要上より、之を戦時犯罪人として処罰し得べきことを認められるのである。……
 既に占領せられたる地方の人民にして、敵対行為を行ふときは、仮令公然兵器を携帯し、且戦闘に関する法規慣例を遵守するも交戦者の特権を認めずして、戦時犯罪人として処罰し得べきである。此場合に於ては、各個的に行動すると、団体を成して行動するとの区別無く、又自己の政府の命令に依りて行ふと否との区別無く、処罰し得べきである。
 民兵又は義勇兵団に属すると称する者も、(イ)部下の為めに責任を負ふ者其頭に在ること、(ロ)遠方より認識し得べき固着の特殊徽章を有すること、(ハ)公然兵器を携帯すること、(ニ)其の行為に付き戦争の法規慣例を遵守すること等の条件を具備せざるときは、戦時犯罪人として処罰し得べきである(ハーグ陸戦條規第一條)(註)。

(丙)変装せる軍人又は軍人以外の者の入りて行ふ所の敵軍の作戦地帯内又は其他の敵地に於ける有害行為……
変装を為せる軍人又は私人が、敵軍の作戦地帯又は其他敵国の権力を行ふ地帯に侵入し、鉄道、電信、橋梁、兵器製造処等を破壊せんとするは、情報蒐集を目的とせざるを以て間諜に属せず、又敵国又は敵占領地の在住民の如く敵に対して一時的の命令服従関係を有せざるを以て、戦時叛逆の名を以て呼ぶに適せぬのである。日露戦役の際、横川、沖氏の行へる所の如きは実に此種の行為にして、犯罪の名を冠するに忍びざるも、敵より見れば有害行為なるを以て、敵が戦時犯罪として処罰するを認めらるるのである。……

(戊)戦時叛逆(war treason)……
例へば交戦国の一方を利する為え、鉄道電信等の輸送、交通の手段を害し、教導、軍需品供給等の行為に依り交戦国一報の軍の行動に対して任意の補助を与へ、軍隊又は之を組成する者に対する謀叛を企て、俘虜の逃走に対し補助を与へ、交戦国の一方を利する為他方の軍人に賄賂し、叛逆若くは脱走を兵士に勧め、虚報を伝へ、道を誤らしむるの教導を為し、兵器、糧食若くは飲水の供給に妨害を与ふる等の行為は、是等に依り害を受くべき交戦国が戦時犯罪の一種として罰し得べき所にして、該交戦国の領域内又は占領地内に在留する者に依り行はれたるときは、戦時叛逆と称するを以て罰し得べきである。

立作太郎『戦時国際法論』(日本評論社、1944年)p46~47・50より抄出

 立作太郎の著述の中には便衣隊について直接言及する部分が存在しないが、戦時犯罪の説明の中に、便衣隊と性質の一致する記述が見られるため上掲した。
 立作太郎の見解によれば、戦時犯罪には最も顕著なものが5種類あるという。この5種類の戦時犯罪のうち、(丁)間諜を除く4種類の行為が便衣隊の性質と一致する。

「(甲)軍人(交戦者)に依り行はるる交戦法規違反の行為」。便衣隊では、軍人が文民を装い敵対行為を行うケースがある。この場合は背信行為を形成し、ハーグ陸戦規則第23条で規定された禁止行為のうちB項「敵国又は敵軍に属する者を背信の行為を以て殺傷すること」に該当する交戦法規違反行為と指摘されることがある。

「(乙)軍人以外の者(非交戦者)に依りて行はるる敵対行為」。便衣隊では、文民が敵対行為を行うケースがあり、その性質が一致する。

 乙類の後段で指摘しているのは、交戦者資格の欠如した群民兵、民兵・義勇兵団の事例である。
 群民兵として交戦者資格が認められる前提として、「占領せられさる地方の人民にして、敵の接近するに当り、第一条に依りて編成を為すの遑なく、侵入軍隊に抗敵する為自ら兵器を操る者」(ハーグ陸戦規則第2条)という条件が付与されているが、立のいうところの「既に占領せられたる地方の人民にして」とは、この前提条件に反していることを意味する。つまり、ハーグ陸戦規則第2条の前提条件に反して、既に占領された地域の文民が武器を取り占領軍に抗敵する場合は、いくら交戦者資格C項・D項を遵守していたとしても群民兵とは認められずに処罰される。
 また、民兵・義勇兵団であっても、交戦者資格4条件のいずれかに違反している場合には、処罰されるという。
 この民兵・義勇兵団や群民兵の交戦者資格欠格者の問題は、普仏戦争(1870年~71年)で大きな問題となり、後のブリュッセル会議で交戦者資格の議論となったケースだ。信夫淳平は、普仏戦争における交戦者資格の問題を、「普仏戦争に於ける便衣隊」(『戦時国際法講義 第二巻』pp.78-79)で論じている。

「(丙)変装せる軍人又は軍人以外の者の入りて行ふ所の敵軍の作戦地帯内又は其他の敵地に於ける有害行為」では、「変装を為せる軍人又は私人」の破壊行為を挙げており、便衣隊の性質と一致する

 立は「横川、沖氏の行へる所の如きは実に此種の行為」と述べており、先の信夫の説明においても「横川沖両志士の如き」という記述がある。この横川・沖の事例とは、日露戦争の時、日本軍の協力者だった民間人の横川省三、沖禎介が、ロシアの東清鉄道を破壊するためにチチハルに潜入したが、ロシア軍に逮捕され、軍律裁判で処刑されたケースだ。オッペンハイムはこのケースを戦時反逆罪の事例として論じ(INTERNATIONAL LAW A TREATISE VOL.II. WAR AND NEUTRALITY SECOND EDITION L.OPPENHEIM pp.315-316)、信夫淳平は便衣隊の事例として論じている(『戦時国際法講義 第二巻』pp.79-80)。

「(戊)戦時叛逆(war treason)」では、敵国に与える有害行為が挙げられているが、その中で破壊行為などは便衣兵の性質と一致する。

田岡良一

 次に、戦中・戦後ともに著名な国際法学者として知られる田岡良一の見解を見てみよう。

田岡良一『国際法学大綱(下)』
 交戦国民たると中立国民たるとを問はず、又自己の発意に依るか交戦国政府又は軍隊の命令に依るかを問はず、私人が本節の冒頭に列挙した各種の手段※に従事する時は、敵交戦国の手に捕へられた場合に戦時犯罪人として処罰せられる。又本来交戦資格を有する軍人と雖も、其の資格を表示する制服を脱して、私人に変装して右の行為に従事する時は、同一の地位に立ち、軍人に与へらるべき俘虜の待遇を受けることを得ない
※「本節の冒頭に列挙した各種の手段」とは以下の通り。
「敵国陸海空軍兵力の攻撃、敵国領土の占領、敵国領土内又は敵軍の占拠地帯内に存する建物及び工作物の破壊、敵国領土内又は敵軍の占拠地帯内に於ける軍事上の情報の蒐集、公海上及び敵国領土領水上に於ける敵船舶及び敵航空機並に敵国を利する或種の行為に従事する中立船舶及び中立航空機の拿捕は、交戦国の兵力に依ってのみ行はれ、交戦国の陸海空軍軍人、及び国際法が一定の条件の下に軍人に準ずべき資格を認めた個人の外、是を行ふ事を禁止せらっる。之等の害敵手段を兵力に依る害敵手段と云ふ。」

田岡良一『国際法学大綱(下)』(厳松堂書店、第5版、1942年)p199-200

 田岡良一によれば、「私人」が害敵手段を行う場合「戦時犯罪人として処罰」されるといい、「私人」に変装した軍人が害敵手段を行う場合は、前者と「同一の地位に立」ついう。つまりは、両ケースとも戦時犯罪人として処罰されるということになる。

小括

 以上、信夫、立、田岡という南京戦当時(1937年前後)に戦時国際法を論じる国際法学者の見解を引用し、便衣隊の法的性質を確認してみた。概括的に言うならば、便衣隊とは戦時犯罪を構成し、敵国に捕獲されれば処罰される者なのである。

 ところで、信夫と立との見解には若干のブレがあるように見える。
 信夫の見解によれば、便衣隊の構成人員には「彼等の中には学生あり、労働者あり、将た正規兵の変装せる者もあり」と述べるように、文民と文民を装った軍人で構成される。その法的性質としては、「戦律犯」であり「交戦の法規慣例の違反行為である」(『講義2』p.869)と規定している。
 一方、立は、「(乙)軍人以外の者(非交戦者)に依りて行はるる敵対行為」の説明として、「其行為は、精確に言へば国際法規違反行為に在ら非ざるも」と述べている。この説明の意味するところは、「軍人以外の者」=文民が行う敵対行為とは国際法違反行為ではない、という。その理由は、国際法(交戦法規)は、交戦者資格をもった者を拘束するのであって、交戦者資格をもたない文民(非交戦者)は国際法(交戦法規)の対象外だと考えているからだ。立はこの点を次のようにも説明している。

 個人は交戦法規の権利義務の主体に非せざるを以て、厳に言へば個人の交戦法規違反の行為は存在せざる筈である。

立作太郎『戦時国際法論』p.31

 文民による便衣隊について信夫と立の見解を比較するならば、信夫はそれを交戦法規違反とするが、立は交戦法規違反ではない戦争犯罪と認識していることになる。

 ここで紹介した学説の当否を議論をする立場にはないが、この問題を考える上では、上記のような見解の違いを踏まえておく必要があると思われる

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