両角業作

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幕府山砲台航空写真の検証[06]④篆塘

南京事件論争の論点の一つ、幕府山事件における捕虜収容所の位置。その捕虜収容所の位置を幕府山砲台の航空写真から特定を試みる。本ページでは上元門付近を拡大し検証する。
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幕府山砲台航空写真の検証[05]③上元門崗

南京事件論争の論点の一つ、幕府山事件における捕虜収容所の位置。その捕虜収容所の位置を幕府山砲台の航空写真から特定を試みる。本ページでは上元門崗付近を拡大し検証する。
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幕府山砲台航空写真の検証[04]②上元門―上元門崗道路

南京事件論争の論点の一つ、幕府山事件における捕虜収容所の位置。その捕虜収容所の位置を幕府山砲台の航空写真から特定を試みる。本ページでは上元門―上元門崗間付近を拡大し検証する。
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幕府山砲台航空写真の検証[03]①上元門

南京事件論争の論点の一つ、幕府山事件における捕虜収容所の位置。その捕虜収容所の位置を幕府山砲台の航空写真から特定を試みる。本ページでは上元門付近を拡大し検証する。
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幕府山砲台航空写真の検証[02]検証素材

幕府山砲台航空写真の検証に使用する素材の紹介。主要な素材としては『揚子江沿岸占領要塞兵備整理写真帖』および『参謀本部陸地測量総局『下関』1万分の1』。これら素材を加工して検証する。
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幕府山砲台航空写真の検証[01]はじめに

南京事件を巡る論争の中で、幕府山事件における捕虜収容所の位置の特定は本多勝一氏・洞富雄氏・和多田進氏と板倉由明氏の間で熾烈な論争となった。この論争では使用されなかった史料『揚子江沿岸占領要塞兵備整理写真帖』を基に、捕虜収容所の位置を検証する。
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両角手記の検証[11]参考資料

南京事件における捕虜殺害事件の代表的な事例である幕府山事件。その根拠の史料のうちの重要な一つである両角日記・手記を検証する。参考資料
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両角手記の検証[10]まとめ

両角日記・手記の検証のまとめ。
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両角手記の検証[09]史料批判:両角手記

両角手記を記述された事象ごとに検証する。
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両角手記の検証[08]史料批判:箭内証言・平林証言

両角手記と関わりの深い資料である、箭内享三郎准尉(歩兵第65連隊第1機関銃中隊)、平林貞治少尉(歩兵第65連隊歩兵砲中隊小隊長)の戦後の証言を検証する。