戦数について
戦数とは・・・・・

 ドイツの学者には、緊急な危険をまぬがれるために、やむえないときは、戦闘法規に違反することができると主張するものがある。敵の抵抗力をくじくために必要な場合にも、同様に主張をするものがある。これをクレーグス・レイゾン(戦争条理)という。(横田喜三郎『国際法(再訂版)(有斐閣全書)』)P293


戦数に対する各学者の考え

肯 定 論

  否 定 論
 
否定論に対する批判
     

特別の「軍事的必要」による戦争法規侵犯

 しかるに戦争法規は軍事的必要と人道的要求との一定の釣合の上に成立するものであるから、戦争法規について、法規の存在の理由に鑑みて法規が妥当しない場合というのは、つまりこの均衝が破られ、軍事的必要が他の要素に優越する場合である。戦数肯定論者が「戦争法規は通常の場合には遵奉せられ得、またされなければならないものであるけれども、とくに強い軍事的必要が生じた場合には、この軍事的必要は法規に優先する」と言うのが、この事理を表現しようとするものであるならば、彼らの考えは根底において誤っていない。しかし彼らはその説の支持点を緊急権の理論に求めようとしたところに、基礎の選択を誤ったのであって、前に述べたように、緊急権の観念は戦争法のなかに予め含まれているものであり、この法を更に緊急権に基づいて侵犯することを許そうとするのは理論的誤謬であるばかりでなく、こういう基礎が採られた結果 、いかなる場合に重大な軍事的必要に基づいて交戦者が戦争法規の拘束から解かれるかは、個々の法規の解釈である、とは説かれないで、一般に戦争法規は軍事的必要によって破られる、という概括的な漠然たる立言がなされた。こういう一般的な表現の下ではこの説は乱用の危険ある説となる。戦数否定論は、右のように誤って基礎づけられ、誤って表現せられた戦数論に反対して立ったものであって、戦争法規の解釈の問題として、強い軍事的必要が法規の妥当性を失わしめる場合に生ずることも否定しようとしたものではないことは、彼らの戦争法の著述を通じて、各法規に対する彼らの解釈を観察すれば明らかである。従って彼らの内心に抱く観念は本来正しいのであるが、彼らがこの観念を表現するに当たって「総て戦争法規は、法規自身が明示的にこれを許す場合の外、軍事的必要によって破られ得ない絶対的効力を持つ」と唱えたことによって誤りを生じた。法規が「軍事的必要条項」を含まないものであるときにも、軍事的必要によって妥当しない場合は多く、彼らの戦争法の著述自身もこのことを証明するからである。

 要するに不用意な表現方法が両説をして共に誤解を招く説たらしめたのであって、もし「戦争法規は戦時に通常発生する事態における軍事的必要のみを考慮して、その基礎の上にうち建てられたものであるから、より大きい軍事必要の発生が法規の遵守を不可能ならしめることは実際に必ず生ずる。この場合に法規は交戦国を拘束する力を失う。具体的にどういう場合がこれに当るかは、個々の法規の解釈の問題として決定されねばならなぬ 」という言葉によって表現せられたならば、この説には、戦数論を否定した諸学者といえども賛成せざるを得ないと思う。この意味において戦数は肯定さるべきものと思う。

田岡良一『法律学全集57 国際法3(新版)』P351-352


この説に対する反対論

しかし、この軍事必要概念も戦数と実際上区別し難く、結局戦数論と選ぶところがなくなってしまうと思われる。そもそも、戦争法、人道法の諸規定は軍事必要により多くの行動がすでに許容される武力紛争という緊急状態においてなお遵守が要請されるものであるから、それらの規定は予め軍事必要を考慮に入れたうえ作成されている。したがって、条約規定中、とくに、「緊急な軍事上の必要がある場合」とか「軍事上の理由のため必要とされるとき」といった条項が挿入されている場合を除き、戦数や軍事必要を理由にそれらを破ることは許されない。このいわば戦数否定論は、ユス・コーゲンス的色彩の濃い人道法の性質に照らしても、またジュネーブ条約の規定や米英の軍事提要の動向(The Law of Land Warfare,FM27-10[1956] sec.3;The Law of War on Land,The War Office[1958],sec.633)からみても正当であるといえよう。

藤田久一『国際人道法』P65


参考資料

  • 『戦争法の基本問題』田岡良一、岩波書店
    (出版年1944年)
    ※この資料はハンドル「靴屋」氏が紹介されたものを利用しました。
  • 『国際法辞典』国際法学会編、鹿島出版会
    (出版年1975年)
  • 『現代戦争法規論』足立純夫、啓正社
    (昭和54年5月10日初版第1刷発行、昭和58年4月10日初版訂正第4刷発行)
  • 『国際関係法辞典』国際法学会編、三省堂
    (出版年1995年)
  • 『国際法辞典』筒井若水編集代表、有斐閣
    (1998年3月30日初版第1刷発行)
  • 『新版 国際人道法(増補)』藤田久一、有信堂
    (1993年1月9日初版第1刷発行、2000年5月29日初版第2刷発行(増補))