戦数否定論
【 田岡良一(概説) 】

全ての戦争法規は、軍事的必要と人道的原則(または第三国の利益)との妥協として成立したものであり、従って戦争法規が作られるに当って軍事的必要はすでに考慮されている。この法規をさらに軍事的必要によって破るのを許すことは、戦争法規制定の意義を没却するものである。故に戦数が戦争法に優先するという説は賛成できない。ただし、戦争法に関する条約・法規のなかには『軍事的必要なき限り』または『軍事的状況の許す限り』交戦国はかくかくの措置をとらねばならぬ、という言葉によって、その効力を制限するものがある。こういう条項(軍事的必要条項)を含む法規が軍事的必要によって破られるのは当然である。しかし戦数肯定論者は、こういう条項のない法規についてもなお軍事的必要に籍口する侵犯を是認しようとするものである。この説は、結局全ての戦争法規に軍事的必要条項が暗黙に含まれていることを擬制することになり、条約制定者が、ある法規には軍事的必要条項を付け、他の法規にはこれを付けないという区別を設けたことを、無意味ならしめるものである。故に軍事的必要条項が明示的に付けられた法規を除き、全ての戦争法規は絶対的効力を持つものと見なさねばならぬ。

田岡良一『法律学全集57 国際法3(新版)』P343-344