戦 数

『国際法辞典』国際法学会編、鹿島出版会(昭和50年3月30日発行) P400

戦数 〔独〕Kriegsrason 〔英〕necessity of war,military necessity ドイツ語のクリーグスレゾンの訳語で、戦時非常事由または交戦条理ともいわれ、戦争中に交戦国が戦争法規を遵守すべき義務から解放される事由の一として主張されてきたものである。個人の場合に緊急状態の違法行為がその違法性を阻却されるのと同様に、戦争の場合に交戦国が戦争法規を守ることによって自国の重大利益が危険にさらされるような例外的な場合には、戦争法の拘束から解放される、すなわち、戦争の必要が戦争法に優先する、と主張される。この理論は、とくに第一次大戦前のドイツの国際法学者たちによって主張されたものであるが、イギリスやアメリカの学者たちはこぞって反対している。反対の論拠は、もともと戦争法は軍事的必要と人道的考慮とのバランスの上に成立しており、法規が作られるにあたってすでに軍事的必要が考慮されているのであるから、そのうえさらに軍事的必要を理由として戦争法規を破りうることを認めるのは、戦争法そのものの存在を無意味ならしめ否定することになる、という点にある。たとえば、1907年の「陸戦の法規慣習に関する条約」の前文は、「右条規ハ、軍事上ノ必要ヲ許ス限、努メテ戦争ノ惨害ヲ軽減スルノ希望ヲ以テ定メラレタルモノ」であると述べており、また1949年のジュネーブ諸条約1条は「すべての場合において」尊重されねばならない旨規定している。したがって、法規がとくに軍事的必要のためにそれから離れうることを明示している場合のほかは、一般的な形で軍事的必要をもちだしえない、というのである。
 このように両説は、全く相反する主張をしているように見える。戦争法は、過去における経験から通常発生すると思われる事態を考慮し、その場合における人道的要請と軍事的必要の均衡の上に作られている。予測されなかったような重大な必要が生じ、戦争法規の尊守を不可能ならしめる場合もありうるのである。戦数を肯定する学者も、一般には戦争法が尊守しうるものとして作られていることを認める。ただ、きわめて例外的な場合にのみ戦数を主張しているにすぎない。他方、否定的立場をとる学者は、軍事的必要条項を含んでいない法規について、解釈上例外を認めている。すなわち、肯定説は、戦数を一般的理論として述べるのに対して、否定説は、個々の法規の解釈の中に例外を認めようとするのであって、その表面的対立にもかかわらず両説は実質的にはそれほど大きな差はないと思われる。(竹本正幸)