歩兵第65連隊

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幕府山砲台航空写真の検証[02]検証素材

幕府山砲台航空写真の検証に使用する素材の紹介。主要な素材としては『揚子江沿岸占領要塞兵備整理写真帖』および『参謀本部陸地測量総局『下関』1万分の1』。これら素材を加工して検証する。
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幕府山砲台航空写真の検証[01]はじめに

南京事件を巡る論争の中で、幕府山事件における捕虜収容所の位置の特定は本多勝一氏・洞富雄氏・和多田進氏と板倉由明氏の間で熾烈な論争となった。この論争では使用されなかった史料『揚子江沿岸占領要塞兵備整理写真帖』を基に、捕虜収容所の位置を検証する。
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両角手記の検証[11]参考資料

南京事件における捕虜殺害事件の代表的な事例である幕府山事件。その根拠の史料のうちの重要な一つである両角日記・手記を検証する。参考資料
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両角手記の検証[10]まとめ

両角日記・手記の検証のまとめ。
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両角手記の検証[09]史料批判:両角手記

両角手記を記述された事象ごとに検証する。
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両角手記の検証[08]史料批判:箭内証言・平林証言

両角手記と関わりの深い資料である、箭内享三郎准尉(歩兵第65連隊第1機関銃中隊)、平林貞治少尉(歩兵第65連隊歩兵砲中隊小隊長)の戦後の証言を検証する。
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両角手記の検証[07]史料批判:郷土部隊戦記 第1

『郷土部隊戦記 第1』(福島民友新聞社、1964年)を検証する。本書は、両角日記・手記ともに直接引用する部分はないが、南京事件の叙述に関しては両角手記に大きな影響を受けていることは明らかだ。
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両角手記の検証[06]両角日記・手記の出自

両角日記・手記の出自については不明瞭な部分がある。阿部輝郎の説明や『南京戦史資料集2』p.341注記では日記・手記ともに現在原本はないと述べているが、『南京戦史資料集2』p.12「資料解説」では手記の原本は阿部が所蔵していると書いている。元早大教授 洞富雄もそれを裏付けるような記述を残している。
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両角手記の検証[05]各資料における文面比較:両角手記

両角手記の文面の異同を検証する。
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両角手記の検証[04]各資料における文面比較:両角日記

両角日記を検証する。両角日記は、『南京の氷雨』と『南京戦史資料集2』に掲載されているが文面の異同が多い。また、史料の出自についても検証する。