師団長は荻洲立兵中将。
1937年12月2日江陰城を占領し、12月7日鎮江を占領した第13師団。本隊は鎮江より揚子江北岸へ渡河し滁県へ向かい、山田支隊(歩兵第65連隊基幹、山砲兵第19連隊第3大隊・騎兵第17大隊付属)は揚子江南岸沿いに南京へ向けて進攻した。山田支隊は南京へ向かう途中の幕府山付近で約1万5,000名の捕虜を捕獲したが、そのすべてを殺害したと言われる。
第13師団 【経歴】山田栴二
第13師団歩兵第103旅団長、山田支隊長(南京戦) 山田栴二氏の経歴を紹介する。南京戦では山田支隊を率い南京東北部に位置する幕府山砲台を占領した。この際、多数の捕虜を捕獲・殺害した幕府山事件の当事者であり、現地部隊の最高責任者だった。同事件に関しては日記・証言を残している。
第13師団 【幕府山事件】自衛発砲説の実現可能性
南京事件の中でも最大規模の捕虜殺害ケースと言われる幕府山事件。否定論では、幕府山事件は捕虜を解放しようとしたところ、捕虜が暴動を起こして已む得ず自衛のため殺害したという(自衛発砲説)。この自衛発砲説が実現可能だったかを検証する。
第13師団 【経歴】両角業作
第13師団歩兵第65連隊長 両角業作氏の経歴を紹介する。両角氏が部隊長を務めた歩兵第65連隊は、山田支隊の基幹部隊であり、幕府山事件で中心的な役割を果した。両角氏は戦後に発表した手記は、後の”自衛発砲説”の最も重要な資料となっている。
第13師団 【幕府山事件】大湾子の探索[06]参考文献
南京事件の中でも最大規模の捕虜殺害と言われる幕府山事件。1937年12月17日に捕虜を殺害した場所は長江岸の大湾子という場所だった。この大湾子の地名やおおよその位置は分っているが具体的な位置は分っていない。本稿では資料と地図に基づいて大湾子の位置を探索する。
第13師団 【幕府山事件】大湾子の探索[05]まとめ
南京事件の中でも最大規模の捕虜殺害と言われる幕府山事件。1937年12月17日に捕虜を殺害した場所は長江岸の大湾子という場所だった。この大湾子の地名やおおよその位置は分っているが具体的な位置は分っていない。本稿では資料と地図に基づいて大湾子の位置を探索する。
第13師団 【幕府山事件】大湾子の探索[04]検証
南京事件の中でも最大規模の捕虜殺害と言われる幕府山事件。1937年12月17日に捕虜を殺害した場所は長江岸の大湾子という場所だった。この大湾子の地名やおおよその位置は分っているが具体的な位置は分っていない。本稿では資料と地図に基づいて大湾子の位置を探索する。
第13師団 【幕府山事件】大湾子の探索[03]資料
南京事件の中でも最大規模の捕虜殺害と言われる幕府山事件。1937年12月17日に捕虜を殺害した場所は長江岸の大湾子という場所だった。この大湾子の地名やおおよその位置は分っているが具体的な位置は分っていない。本稿では資料と地図に基づいて大湾子の位置を探索する。
第13師団 【幕府山事件】大湾子の探索[02]先行研究
南京事件の中でも最大規模の捕虜殺害と言われる幕府山事件。1937年12月17日に捕虜を殺害した場所は長江岸の大湾子という場所だった。この大湾子の地名やおおよその位置は分っているが具体的な位置は分っていない。本稿では資料と地図に基づいて大湾子の位置を探索する。
第13師団 【幕府山事件】大湾子の探索[01]はじめに
南京事件の中でも最大規模の捕虜殺害と言われる幕府山事件。1937年12月17日に捕虜を殺害した場所は長江岸の大湾子という場所だった。この大湾子の地名やおおよその位置は分っているが具体的な位置は分っていない。本稿では資料と地図に基づいて大湾子の位置を探索する。
第13師団 【幕府山事件】銃撃時の捕虜逃亡
南京事件における最大の捕虜殺害事例として知られる幕府山事件。二日に渡って行われた捕虜殺害で、銃撃の際に大規模な捕虜の逃亡が発生したとも言われる。大規模な捕虜逃亡は有ったのか、無かったのか。資料に基づいて検証する。