| 【幕府山事件】捕虜数の推移 総目次 |
| 1. はじめに 2. 検証のポイント 3. 先行研究の紹介 4.Ⓐ投降者捕獲数 5.Ⓑ非戦闘員の解放 6.Ⓒ収容所火災による捕虜逃亡 7.Ⓓ捕虜殺害数 8. まとめ 9.参考資料 |
はじめに

南京事件では組織的な捕虜の大量殺害事例として挙げられる幕府山事件だが(※1)、本項では事件の規模を決定する上で最も基本的な要素となる捕虜数の推移について検証する。
基礎資料として扱われることが多い両角業作大佐の手記に基づくと、捕虜数の推移は次のようになる。
- (12月14日)幕府山にて「一万五千三百余」の投降者を捕獲する。
- 投降者の中の非戦闘員を「より分けて解放した。残りは八千人程度であった。」
- (12月16日)捕虜収容所で火災が起こり「この混乱を利用してほとんど半数が逃亡した。…少なくも四千人ぐらいは逃げ去ったと思われる。」
- 捕虜殺害命令を受け、(12月17日)第1大隊長 田山義雄少佐に捕虜解放を指示し解放を実施するが、舟で渡河渡中に集合地で暴動が起きる。「軽舟艇に二、三百人の俘虜を乗せて」渡河を開始したところ、前方から射撃を受け集合地にいた捕虜「二千人ほどのものが一時に猛り立ち、死にもの狂いで逃げ」まどい、制止の為に銃撃をしたが「大部分は陸地方面に逃亡、一部は揚子江に飛び込み、我が銃火により倒れたる者は…僅少の数に止まっていた。」
※『南京戦史資料集Ⅱ』pp.339-341
両角手記の内容については、南京事件研究者の間でも多くの疑問点が挙げられる。その中でも捕虜数の推移に関連するものでは、「一万五千三百余」という捕獲したと投降者数、非戦闘員の解放や収容所火災による捕虜数の大幅な減少、長江岸へ捕虜を連行した日付・回数・人数、死亡した捕虜人数などである。
南京事件の研究では、事件規模を小さく評価する研究者は、両角手記に述べられていることを概ね肯定的に捉え、事件規模を大きく評価する研究者は、捕虜数が減少する部分について否定的に捉える傾向がある。
本稿では、捕虜数の推移に関する研究者の見解を検証すると共に、関連する資料を網羅的に検討し、その実態を明らかにしたい。
※1 例えば藤原彰『南京の日本軍』p.40
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