復仇(戦時復仇)
  

足立純夫『現代戦争法規論』
30. 復仇 (P65-67)
 戦闘方法及び兵器に関する戦争法規の規則は、一般に相互主義を条件に行われるほか、復仇を理由に戦争法規の禁止又は制限に反する措置がとられることがある。復仇(reprisals)とは、一方の交戦者が組織的に戦争法規に違反する行為を行ったことに対し、他方の交戦者が違反を行った交戦者に対し戦争法規を将来遵守させる目的をもって、通常の場合には不法行為となる手段を用いて相手方の人又は財産に対して執る執復的措置をいい、被害者たる交戦者にとって一種の戦争法規違反に対する適法な救済措置である。復仇は往々極めて重大な結果をもたらすものであるから、この措置に訴えるかどうかは次の諸条件に照して最も慎重に判断しなければならない。
(1)被害を蒙った交戦者はまず復仇以外のあらゆる手段を尽すべきものとし、それらによってもなお目的を達成できない場合の最後の手段とする必要があること。
(2)復仇を行うとの決定は交戦者の政府又はその委任を受けた軍の高級司令部が違反行為の容疑を精細に調査し、その事実を確認した後に行うべきものであること。
(3)違反行為を行った相手交戦者には、違反行為を停止しない場合には復仇の措置を執る旨警告を発すること。
(4)やむを得ず復仇に訴える場合にも、復仇の手段及び範囲は相手方の違反行為を中止させるのに必要な程度を越えてはならないこと。
 以上は復仇を決定する場合の法律要件であるが、武力紛争の目的、種類及び程度並びに相手交戦者の性格及び中立国の態度等から、復仇の選択につき考慮すべき各種の政治的要素がある。これらの政治的要素とは次のものである。
(1)復仇は、武力紛争に干与していない国の政府の態度に悪影響を与えることがある。
(2)復仇は、敵の士気と地下抵抗を強化するに過ぎない場合がある。
(3)復仇により敵の対復仇(違法である。)を誘い、その対復仇が結果的に戦局に重大な影響を与えることがある。
(4)復仇を行った結果、敵の資源が戦闘終了後の復興に貢献することが減少することがある。
(5)復仇を行うかもしれないとの脅迫の方が実際に復仇を行うことより効果があることがある
(6)復仇が有効な効果を示すためには迅速に、かつ、統制ある方法で行わなければならないが、それを行使する事態が適当であるかどうかを検討する必要がある場合が生ずる。
(7)復仇は一般に戦略方針事項であるから、復仇に期待する利益が長期的な軍事上及び政治上の計画に照して十分に均衡がとれるものであるかどうかを判定しなければならい場合がある。
 復仇は加害者なる敵の人員及び財産に対して行うことができ、その措置は加害者側の行為と同一のもとする必要はないが、違反行為よりも過剰であってはならず、かつ、その程度を超えるものであってはならない。また、復仇に訴えた結果、相手方が不法行為を止め又は戦争法規を遵守するに至ったときは、直ちに復仇の措置を停止しなければならない。更に、ジュネーブ条約の規定により保護を受ける人、物及び施設等並びに1954年の文化財保護条約の規定により保護される文化財に対する復仇は、いつでも、かつ、いかなる場合にも禁止されている。
 復仇については、その判定及び評価に非常な困難を伴い、概して武力の乱用を生じ、それにより生ずる被害は深刻な影響を生ずることから、復仇を制限し又は全面的に禁止しようとする努力は国際法おいて重ねられているが成功を収めるに至っていない。他方、武力紛争には違反行為の発生が必然的であるから、復仇の措置を存置しておく必要があるとの意見も相当根強く残っている。実際に第2次世界戦争後の武力紛争においても多数の復仇行使の事例が見られる。特に中東の紛争地域においては、相手方の違反行為の累積効果を理由に、本来区別されるべき復仇と自衛権の観念を併用して、自衛権を広義に適用して武力による復仇が行使され、それはまた、ゲリラ活動対処に関連して特別の問題をも提起している。国際連合安全保障理事会は原則として武力による復仇を違法とする傾向を示しているが、必らずしも有効な抑制措置をとるまでに至っていない。「国家間の友好関係及び協力に関する国際法の諸原則に関する国際連合宣言」では、第1原則中に「各国は、武力の行使を含む復仇の行為を慎しむ義務を有す」と宣言している。

164.不受理とすべき抗弁理由 (P297-298)
 戦争犯罪裁判においては、次項以下に述べる上官命令のほか、以下の事実は被告人の弁護理由として援用することはできない。
…略…
(4)不法な復仇に基づくこと。
 戦争犯罪の容疑行為が適法な復仇に該当する場合には違法行為たる性質が消滅するが、復仇が適法か違法かを決定する場合には次の要素を十分に検討しなければならない。
(@)復仇の法的根拠 (A)復仇を行う対象 (B)復仇として執られた行為の性質 (C)復仇として最後の手段と認定できるかどうかの点 (D)復仇の理由となった従前の違反行為の実施者が実際に不明であったかどうかの点 (E)復仇を行う旨の予告を行ったかどうかの点 (F)即時に復仇に訴えなければならない必要性を確実に示し得るかどうかの点
復仇は国家の責任が含まれる行為である場合に限り妥当とされ、国家の責任に帰すことができない違反行為が先にあったからといって、それに対し復仇の措置をとることは許されない。適法な復仇の条件が立証できない限り、その行為を抗弁理由とすることはできない。



エイクハースト『現代国際法入門』 P573

第20章 戦争遂行手段と刑事責任:jus in bello
3.復仇

 復仇は、国に戦争法の遵守を強制する、延いては実際上国際法一般の遵守を強制する主要な手段の1つである。復仇は、通常は違法行為であるが、しかし復仇が向けられる国が行った先行違法行為より合法とされる行為である。すなわち、それは、先行違法行為に対する一種の返報である。復仇は、他の救済手段(たとえば、抗議および警告)が失敗に終わったときにはじめて使用される。
 復仇は、確実な抑止効果を有する。たとえば、第2次世界大戦中に毒ガスの使用を阻止したのは、ほかならぬ復仇の恐怖であった。しかし、復仇はしばしば無辜の者に対して苦痛を生じさせる。したがって、1949年のジュネーブ4条約は、それらの条約が保護する人、建築物、船舶、設備および財産に対する復仇を禁止する。

 

参考資料

  • 『現代戦争法規論』足立純夫、啓正社
    (昭和54年5月10日初版第1刷発行、昭和58年4月10日初版訂正第4刷発行)
  • 『現代国際法入門』エイクハースト・マランチェク、長谷川正国訳、成文堂
    (1999年12月10日初版第1刷発行、2001年2月10日初版第2刷発行)