〈説明〉
本資料は、極東国際軍事裁判所判決文の付属書A6起訴状の附属書D「第三類の一部をなすもの」を文字起ししたものである。原典は、国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている「極東国際軍事裁判所判決〔第7冊〕付属書Aノ部」に所収されている。
掲載するにあたり、適宜、カタカナを平仮名に、旧漢字を新漢字に直した他は原典を再現している。文中の「(E-数字)」は、英文判決文のページ数に対応する。
〈目次〉
〈本文〉
(E-105)
戦争の法規及び慣例は一部分は文明諸国の慣行に依り、又一部分は当事者を直接拘束するか又は確立せられ且承認せられたる規則の証拠たる条約及び誓約に依りて確率せらる 以下本附属書の各部分に記載せる条約及び誓約は何れも概して両目的の為めに依拠せらるるものにして、茲には其の最も重要なる条項のみを引用す
一、一九〇七年⦅明治四十年⦆十月十八日「ヘーグ」に於て締結せられたる陸戦の法規慣例に関する第四条約は(他の事項と共に)左の如く規定す
『締約国の所見に依れは右条規は軍事上の必要の許す限り努めて
戦争の惨害を軽減するの希望を以て定められたるものにして交戦者相互間の関係及び人民との関係に於て交戦者の行動の一般の准縛たるへきものとす但し実際に起る一切の場合に普く適用すべき規定は此の際之を協定し置くこと能はさりしと雖も明文なきの故を以て規定せられさる総ての場合を軍隊指揮者の独断に委するは亦締約国の意思に非さりしなり
(E-106)
一層完備したる戦争法規に関する法典の制定せらるるに至る迄は、締約国は其の採用したる条規に含まれさる場合に於ても人民及び交戦者か依然文明国民の間に存立する慣習、人道の法則及び公共の良心の要求より生する国際法の原則の保護及び支配の下に立つことを確認するを以て適当と認む』
右条約の一部を為す附属書中に記載せられたる規定は其の第一款に於て交戦者及び俘虜に関し第二款に於て戦闘に関し並に第三款に於ては敵国の領土に於ける軍の権力に関し規定せり
右附属書第一款第四条は(他の事項と共に)左の如く規定す
『俘虜は敵の政府の権内に属し之を捕へたる個人又は部隊の権内に属することなし』
其の同じ時其の同じ場所に於て締結せられたる第十条約は海戦に関す
上記諸条約は日本に依り、又本起訴状に於て起訴せる各国を含む四十箇国以上の国々に依り、又は之等の国々を代表して、本件には重要ならざる若干の留保を附したる上、調印及び批准せられ、斯くして戦争の法規及び慣例の一部又は其の証拠となるに至れり
(E-107)
二、上記条約により意図せられたる戦争法規に関する一層完備したる法典は俘虜に関しては一九二九年⦅昭和四年⦆七月二十七日「ジユネーヴ」に於て締結せられたる「俘虜の待遇に関する国際条約」(以下『「ジユネーヴ」条約』と称す)に包含せらる。
日本は右条約を批准せざりしと雖も右条約は下記理由の一又は数個の為め日本を拘束するに至れり
(イ)本条約は日本に依り、又本起訴状に於て起訴せる各国を含む四十七箇国に依り、若しくは此等諸国を代表して、上記日附を以て調印せられ、且つ四十箇国以上に依り批准せられ、斯くして戦争の法規慣例の一部分となり又は其の証拠となるに至れり
(ロ)被告の一人たる東郷茂徳が日本を代表する外務大臣として署名したる一九四二年⦅昭和十七年⦆一月二十九日附東京駐箚「スイス」公使宛の通告は左の声明を包含せり
『俘虜の待遇に関する条約の拘束を受けざる次第なるも日本は「アメリカ」人たる俘虜に対しては同条約の規定を準用すべし』
(E-108)
被告の一人たる東郷茂徳より日本を代表する外務大臣として東京駐箚「アルゼンチン」公使に宛てたる一九四二年⦅昭和十七年⦆一月三十日又は其の頃の日附の通告中には左の如く声明せり『帝国政府は一九二九年⦅昭和四年⦆七月二十七日附俘虜待遇に関する条約は未だ御批准あらせられず、依而帝国政府はいささかも之に拘束されず、然れども帝国政府は右条約の規定を帝国の権力下にある「イギルス」、「カナダ」、「オーストラリア」及び「ニユージーランド」の俘虜に準用するものとす
俘虜に対する食料及び衣料の補給に関しては帝国は交互的を条件として俘虜の国民的及民族的習慣を考慮すべし』右二つの通告又は其の一に依り日本は該条約第九十五条に従ひ該条約に加入したるものにして其の当時に於ける戦争の状況は斯かる加入に直に効果を与へたり
(ハ)右二つの通告は其の各受領者を通し右通告が伝達さるる事を意図せられ且実際伝達せられたる「アメリカ」合衆国、「グレート・ブリテン」北「アイルランド」聯合王国、「カナダ」、「オーストラリア」及び「二ユージーランド」に対する誓約を構成すると共に其の各場合に於て日本と戦争中なりし凡ての国家に対する誓約を構成せしものなり
(E-109)
上記の事項を除外すれば上記「ジユネーヴ」条約中には「準用」なる字句が適当に当てはまるべき規定なし
三、一九二九年⦅昭和四年⦆七月二十七日「ジユネーヴ」に於て締結せられたる戦地軍隊に於ける傷者及び病者の状態改善に関する国際条約(「赤十字条約」として知られ且つ以下斯く呼称す)は(他の事項と共に)次の如く規定せり
『第二十六条 交戦軍の総指揮官は各其の本国政府の訓令に従ひ且本条約の一般原則に準拠し前諸条の執行に関する細目及び規定漏の事項を補足処理すへし』
日本は他の四十箇国以上の諸国と共に、斯くして戦争の法規慣例の一部となり又は其の証拠となりたる該条約の締約国の一員として之に参加せり、一九四二年⦅昭和十七年⦆一月二十九日又は其の頃の日附の上述通牒に於て日本は左の如く述べたり
『日本は一九二九年⦅昭和四年⦆七月二十七日の「ジユネーヴ」赤十字条約の締約国として同条約を厳重に遵守し居れり』
(E-110)
東京駐箚「スイス」公使に宛てたる被告の一人東郷茂徳が日本を代表する外務大臣として署名せる一九四二年⦅昭和十七年⦆二月十三日附の通告に次の声明を含めり
『帝国政府は本戦争中敵国人たる抑留非戦闘員に対し一九二九年⦅昭和四年⦆七月二十七日の俘虜条約の規定を相互条件の下に於て能ふ限り準用すべし但し交戦国か本人の自由意思に反し労役に服せしめざることを条件とす』
該通告は中華民国以外の日本と戦争中の凡ての国家(此等諸国家は実際該条約の条項を日本人たる一般人収容者に適用し得るものとして適用せり)に対する誓約を構成せり
上述諸誓約は日本外務省に依り屡次に亘り繰返され近くは一九四三年⦅昭和十八年⦆五月二十六日にも繰返されたり
之等凡ての違法行為は、明示的に言明せられたる条約中の諸条項及び誓約の違反たると共に、ある程度それにより証明せられたる如く、戦争の法規及び慣例の違反たるものなり
(E-111)
上記「ヘーグ」条約の上記附属書第四条及び上記「ジユネーヴ」条約の全部並に上記誓約の各々に反する俘虜の残酷なる待遇。本節中に編入せられたる本細目第二節乃至第六節に主張せる残酷なる待遇に加ふるに、俘虜及び一般人収容者は日本軍将兵に依り殺害、殴打、拷問、其の他の虐待を受け、婦人俘虜は凌辱せられたり
上記「ヘーグ」条約の上記附属書第六条及び上記「ジユネーヴ」条約第三編並に上記誓約の各々に反する俘虜労働の違法使役。本使役は次の諸点に於て違法なり
(イ)俘虜は作戦行動に関連及び直接関係ある作業に使用せられたり
(ロ)俘虜は肉体的に不適当なる作業、及び不健康的にして危険なる作業に使役せられたり
(ハ)日々の作業時間は過度にして又俘虜は各週連続二十四時間の休養を許されざりき
(ニ)作業条件は懲戒的処置に依り一層困苦ならしめられたり
(ホ)俘虜は不健康なる気候及び危険地帯に於て充分の食糧、衣服又は靴無くして収容せられ且作業を強制せられたり
(E-112)
上記「ヘーグ」条約の上記附属書第七条、上記「ジユネーヴ」条約第四条及び第三編の第九条乃至第十二条及び上記誓約に反する俘虜に対する給養の拒絶及び不履行
民族的及び人種的習慣の相違に因り日本軍隊に給与せられたる食糧及び衣服は白色人種に属する俘虜に給与せられたる場合に於ても之を給養するに不充分なりき上記条約又は保証の孰れかに従ひ適当なる食糧及び衣服が与へらるることなかりき
収容所及び労働分遣所の構造及び衛生状態は上記
諸条項に全く適合せず、極めて劣悪、不健康且不適当なりき
欲洗及び飲料の設備は不充分にして且劣悪なりき
上記「ヘーグ」条約の上記附属書第八条及び上記「ジユネーヴ」条約第三編第五款第三章並に上記誓約に反する俘虜に対する過度にして違法なる処罰
(イ)俘虜は違法行為なりと主張せらるるものに対し何等の裁判又は調査を受くることなく殺害、殴打及び拷問せられたり
(E-113)
(ロ)仮りに証明せられたりとするも上記諸条約の下に於ては何等違法行為を構成せざる所の、違法行為なりと主張せらるるものに対して斯る不当なる処罰が課せられたり
(ハ)違法行為なりと主張せらるる個人の行為に対して団体的処罰が加へられたり
(ニ)俘虜は逃走未遂に対して監禁三十日以上の刑を宣せられたり
(ホ)俘虜裁判の諸条件は上記の章に規定せられたる諸条件に適合せざりき
(ヘ)刑の宣告を受けたる俘虜監禁の諸条件は上記の章に規定せられたる諸条件に適合せざりき
上記「ジユネーヴ」条約第三條、第十四条、第十五条及び第二十五条、上記赤十字条約第一条、第九条、第十条及び第十二条並に上記誓約に反する傷病者、衛生人員及び看護婦の虐待
(イ)傷病将兵、衛生人員、従軍牧師及び民間救恤協会の人員は尊敬及び保護を受くることなく、殺害、虐待及び無視せられたり
(ロ)衛生人員、従軍牧師及び民間救恤協会の人員は日本側に不法に抑留せられたり
(ハ)看護婦は強姦、殺害及び虐待せられたり
(E-114)
(ニ)収容所には病舎なく重患俘虜及び大外科手術を要する者は之を治療するに適当なる軍又は民間施設に入所することを許されざりき
(ホ)月例健康診断は実施せられざりき
(ヘ)傷病俘虜は其の移動が回復に害を及ぼすに拘はらず移送せられたり
上記「ヘーグ」条約の上記附属書第八条、上記「ジユネーヴ」条約の第二条、第三条、第十八条、第二十一条、第二十二条及び第二十七条並に上記誓約に反して、俘虜殊に将校に与へたる屈辱的行為
(イ)俘虜は住民の侮辱及び好奇心に曝す為め故意に日本の占領地に留置せられ労働せしめられたり
(ロ)日本及び占領地に於ける俘虜は将校をも含め賎役を強制され又公衆の環視に曝されたり
(ハ)将校俘虜は下士官及び兵卒の支配下に置かれ且之に敬礼し又作業することを強制せられたり
(E-115)
上記「ヘーグ」条約の上記附属書第十四条、上記「ジユネーヴ」条約の第八条及び第七十七条並に上記誓約に反する所の、俘虜に関する情報及び同件の照会に対する回答の蒐集及び伝達の拒絶又は不履行
上記諸条項の要請する如き適当なる記録は保存もされず情報も提供されず又保存されたる記録の内の最も重要なるものは故意に破棄せられたり
上記「ヘーグ」条約の上記附属書第十五条、上記「ジユネーヴ」条約の第三十一条、第四十二条、第四十四条、第七十八条及び第八十六条並に上記誓約に反する所の、利益保護国、赤十字社、俘虜及び其の代表者の権利の妨害行為
(イ)利益保護国(「スイス」国)の代表者は収容所の訪問又は俘虜の居住地区への立入を拒絶せられ又許可を与へられざりき
(ロ)斯かる許可の与へられし時に於ても俘虜との会話は立会人無くしては許可せられざるか又は全然之を許されざりき
(ハ)斯かる場合収容所内の状態は平常より良好に見ゆるが如く欺瞞的に準備せられ又俘虜は若し不平を告げ訴ふるに於ては処罰せらるべしと脅迫せられたり
(E-116)
(ニ)俘虜及び其の代表者は俘虜の労働の性質若くは其の他に就き不平を訴へ又は軍当局若くは利益保護国と自由に通信することを許可せられざりき
(ホ)関従者の小包及び郵便物は配布を差止められたり
一八九九年⦅明治三十二年⦆七月二十九日「ヘーグ」に於て(其他の国々と共に)日本及び中華民国により調印せられたる窒息瓦斯に関する国際宣言、上記「ヘーグ」條約の上記附属書第二十三条(イ)並に「ヴエルサイユ」条約の第百七十一条に反する毒物の使用
日本の中華民国に対する戦争に於て毒瓦斯が使用せられたり 本主張は同国に限らる
上記「ヘーグ」條約の上記附属書第二十三条(ハ)に反する所の、武器を捨て又は自衛の手段尽きて無条件降伏をなせし敵兵の殺害
上記「ヘーグ」條約の上記附属書第二十三条(ト)、第二十八条及び第四十七条に反する所の、軍事上の正当理由又は必要に基かざる敵産の破壊並に掠奪
(E-117)
上記「ヘーグ」条約の上記附属書第四十六条及び戦争の法規慣例に反する所の、占領地域に於ける家族の名誉及び権利、個人の生命、私有財産並に宗教上の信仰及び礼拝に対する尊重の不履行並に同地域内住民の強制移送及び奴隷化
占領地域内の多数の住民は殺害、拷問、凌辱及び其他の虐待を受け、正当理由なくして逮捕及び拘禁せられ、強制労働に送られ、且其の財産は破壊又は没収せられたり
一九〇七年⦅明治四十年⦆の「ヘーグ」条約第十号の第十六条に反する所の、海戦に依り撃沈せられたる艦船の生存者及び捕獲艦船の乗組員の殺害
上述中最後に述べられたる条約⦅即ち一九〇七年の「ヘーグ」第十条約⦆第一条に反する、軍用病院船尊重の不履行並に同条約第六条及び第八条に反する日本病院船の不法使用
中立艦船に対する攻撃、殊に適当なる警告なくして行はれたる攻撃