陸戦の法規慣例に関する規則
● 第一款 交戦者 ●
第一章 交戦者ノ資格
【第一条】(民兵と義勇兵)
戦争の法規及権利義務は、単に之を軍に適用するのみならす、 左の条件を具備する民兵及義勇兵団にも亦之を適用す。
一. 部下の為に責任を負ふ者其の頭に在ること
二. 遠方より認識し得へき固著の特殊徽章を有すること
三. 公然兵器を携帯すること
四. 其の動作に付戦争の法規慣例を遵守すること
民兵又は義勇兵団を以て軍の全部又は一部を組織する国に在ては、之を軍の名称中に包含す。
【第二条】(群民兵)
占領せられさる地方の人民にして、敵の接近するに当り、第一条に依りて編成を為すの遑なく、侵入軍隊に抗敵する為自ら兵器を操る者か公然兵器を携帯し、且戦争の法規慣例を遵守するときは、之を交戦者と認む。
【第三条】(兵力の構成員)
交戦当事者の兵力は、戦闘員及非戦闘員を以て之を編成することを得。敵に捕はれたる場合に於ては、二者均しく俘虜の取扱を受くるの権利を有す。
第二章 俘虜
【第四条】(取扱)
俘虜は、敵の政府の権内に属し、之を捕へたる個人又は部隊の権内に属することなし。
俘虜は、人道を以て取扱はるへし。
俘虜の一身に属するものは、兵器、馬匹及軍用書類を除くの外、依然其の所有たるへし。
【第五条】(留置)
俘虜は、一定の地域外に出てさる義務を負はしめて之を都市、城寨、陣営其の他の場所に留置することを得。但し、已むを得さる保安手段として、且該手段を必要とする事情の継続中に限、之を幽閉することを得。
【第六条】(使役)
国家は、将校を除くの外、俘虜を其の階級及技能に応し労務者として使役することを得。其の労務は、過度なるへからす、又一切作戦動作に関係を有すへからす。
俘虜は、公務所、私人又は自己の為に労務することを許可せらるることあるへし。
国家の為にする労務に付ては、同一労務に使役する内国陸軍軍人に適用する現行定率に依り支払を為すへし。右定率なきときは、其の労務に対する割合を以て支払ふへし。
公務所又は私人の為にする労務に関しては、陸軍官憲と協議の上条件を定むへし。
俘虜の労銀は、其の境遇の艱苦を軽減するの用に供し、剰余は、解放の時給養の費用を控除して之を俘虜に交付すへし。
【第七条】(給養)
政府は、其の権内に在る俘虜を給養すへき義務を有す。
交戦者間に特別の協定なき場合に於ては、俘虜は、糧食、寝具及被服に関し之を捕へたる政府の軍隊と対等の取扱を受くへし。
【第八条】(処罰)
俘虜は、之を其の権内に属せしめたる国の陸軍現行法律、規則及命令に服従すへきものとす。総て不従順の行為あるときは、俘虜に対し必要なる厳重手段を施すことを得。
逃走したる俘虜にして其の軍に達する前又は之を捕へたる軍の占領したる地域を離るるに先ち再ひ捕へられたる者は、懲罰に付せらるへし。
俘虜逃走を遂けたる後再ひ俘虜と為りたる者は、前の逃走に対しては何等の罰を受くることなし。
【第九条】(氏名と階級)
俘虜其の氏名及階級に付訊問を受けたるときは、実を以て答ふへきものとす。若此の規定に背くときは、同種の俘虜に与へらるへき力を減殺せらるることあるへし。
【第十条】(解放)
俘虜は、其の本国の法律か之を許すときは、宣誓の後解放せらるることあるへし。此の場合に於ては、本国政府及之を捕へたる政府に対し、一身の名誉を賭して、其の誓約を厳密に履行するの義務を有す。
前項の場合に於て、俘虜の本国政府は、之に対し其の宣誓に違反する勤務を命し、又は之に服せむとの申出を受諾すへからさるものとす。
【第一一条】(宣誓解放)
俘虜は、宣誓解放の受諾を強制せらるることなく、又敵の政府は、宣誓解放を求むる俘虜の請願に応するの義務なし。
【第一二条】(宣誓解放後の再捕)
宣誓解放を受けたる俘虜にして、其の名誉を賭して誓約を為したる政府又は其の政府の同盟国に対して兵器を操り、再ひ捕へられたる者は、俘虜の取扱を受くるの権利を失ふへく、且裁判に付せらるることあるへし。
【第一三条】(軍の一部でない従軍者)
新聞の通信員及探訪者並酒保用達人等の如き、直接に軍の一部を為ささる従軍者にして、敵の権内に陥り、敵に於て之を抑留するを有益なりと認めたる者は、其の所属陸軍官憲の証明書を携帯する場合に限り、俘虜の取扱を受くるの権利を有す。
【第一四条】(捕虜情報局)
各交戦国は、戦争開始の時より、又中立国は、交戦者を其の領土に収容したる時より、俘虜情報局を設置す。情報局は、俘虜に関する一切の問合に答ふるの任務を有し、俘虜の留置、移動、宣誓解放、交換、逃走、入院、死亡に関する事項其の他各俘虜に関し銘々票を作成補修する為に、必要なる通
報を各当該官憲より受くるものとす。情報局は、該票に番号、氏名、年齢、本籍地、階級、所属部隊、負傷並捕獲、留置負傷及死亡の日附及場所其の他一切の備考事項を記載すへし。銘々票は、平和克復の後之を他方交戦国の政府に交付すへし。
情報局は、又宣誓解放せられ交換せられ逃走し又は病院若は繃帯所に於て死亡したる俘虜の遺留し並戦場に於て発見せられたる一切の自用品、有価物、信書等を収拾して、之を其の関係者に伝送するの任務を有す。
【第一五条】(捕虜救恤協会)
慈善行為の媒介者たる目的を以て、自国の法律に従ひ正式に組織せられたる俘虜救恤協会は、其の人道的事業を有効に遂行する為、軍事上の必要及行政上の規則に依りて定められたる範囲内に於て、交戦者より自己及其の正当の委任ある代表者の為に一切の便宜を受くへし。右協会の代表者は、各自陸軍官憲より免許状の交付を受け、且該官憲の定めたる秩序及風紀に関する一切の規律に服従すへき旨書面
を以て約したる上、俘虜収容所及送還俘虜の途中休泊所に於て救恤品を分与することを許さるへし。
【第一六条】(郵便料金の免除等)
情報局は、郵便料金の免除を享く。俘虜に宛て又は其の発したる信書、郵便為替、有価物件及小包郵便物は、差出国、名宛国及通
過国に於て一切の郵便料金を免除せらるへし。
俘虜に宛てたる贈与品及救恤品は、輸入税其の他の諸税及国有鉄道の運賃を免除せらるへし。
【第一七条】(捕虜将校)
俘虜将校は、其の抑留せらるる国の同一階級の将校か受くると同額の俸給を受くへし。右俸給は、其の本国政府より償還せらるへし。
【第一八条】(宗教の自由)
俘虜は、陸軍官憲の定めたる秩序及風紀に関する規律に服従すへきことを唯一の条件として、其の宗教の遵行に付一切の自由を与へられ、其の宗教上の礼拝式に参列することを得。
【第一九条】(遺言)
俘虜の遺言は、内国陸軍軍人と同一の条件を以て之を領置し、又は作成す。
俘虜の死亡の証明に関する書類及埋葬に関しても、亦同一の規則に遵ひ、其の階級及身分に相当する取扱を為すへし。
【第二〇条】(帰還)
平和克復の後は、成るへく速に俘虜を其の本国に帰還せしむへし。
第三章 病者及傷者
【第二一条】(取扱)
病者及傷者の取扱に関する交戦者の義務は、「じぇねヴぁ」条約に依る。
● 第二款 戦闘 ●
第一章 害敵手段、攻囲及砲撃
【第二二条】(害敵手段の制限)
交戦者は、害敵手段の選択に付、無制限の権利を有するものに非す。
【第二三条】(禁止事項)
特別の条約を以て定めたる禁止の外、特に禁止するもの左の如し。
い 毒又は毒を施したる兵器を使用すること
ろ 敵国又は敵軍に属する者を背信の行為を以て殺傷すること
は 兵器を捨て又は自衛の手段尽きて降を乞へる敵を殺傷すること
に 助命せさることを宣言すること
ほ 不必要の苦痛を与ふへき兵器、投射物其の他の物質を使用すること
へ 軍使旗、国旗其の他の軍用の標章、敵の制服又は、「じぇねヴぁ」条約の特殊徽章を擅に使用すること
と 戦争の必要上万已を得さる場合を除くの外敵の財産を破壊し又は押収すること
ち 対手当事国国民の権利及訴権の消滅、停止又は裁判上不受理を宣言すること
交戦者は、又対手当事国の国民を強制して其の本国に対する作戦動作に加らしむことを得す。戦争開始前其の役務に服したると雖亦同し。
【第二四条】(奇計)
奇計並敵情及地形探知の為必要なる手段の行使は、適法と認む。
【第二五条】(防守されない都市の攻撃)
防守せさる都市、村落、住宅又は建物は、如何なる手段に依るも、之を攻撃又は砲撃することを得す。
【第二六条】(砲撃の通告)
攻撃軍隊の指揮官は、強襲の場合を除くの外、砲撃を始むるに先ち其の旨官憲に通 告する為、施し得へき一切の手段を尽すへきものとす。
【第二七条】(砲撃の制限)
攻囲及砲撃を為すに当りては、宗教、技芸、学術及慈善の用に供せらるる建物、歴史上の記念建造物、病院並病者及傷者の収容所は、同時に軍事上の目的に使用せられさる限、之をして成るへく損害を免れしむる為、必要なる一切の手段を執るへきものとす。
被囲者は、看易き特別の徽章を以て、右建物又は収容所を表示するの義務を負ふ。右徽章は予め之を攻囲者に通 告すへし。
【第二八条】(略奪)
都市其の他の地域は、突撃を以て攻取したる場合と雖、之を略奪に委することを得す。
第二章 間諜
【第二九条】(間諜の定義)
交戦者の作戦地帯内に於て、対手交戦者に通報するの意思を以て、隠密に又は虚偽の口実の下に行動して、情報を蒐集せむとする者に非されは、之を間諜と認むることを得す。
故に変装せさる軍人にして情報を蒐集せむか為敵軍の作戦地帯内に進入したる者は1、間諜と認めす。又、軍人たると否とを問はす、自国軍又は敵軍に宛てたる通
信を伝達するの任務を公然執行する者も亦之を間諜と認めす。通信を伝達する為、及総て軍又は地方の各部間の聯絡を通 する為、軽気球にて派遣せられたるもの亦同し。
【第三〇条】(間諜の裁判)
現行中捕へられたる間諜は、裁判を経るに非されは、之を罰することを得す。
【第三一条】(前の間諜行為に対する責任)
一旦所属軍に復帰したる後に至り敵の為に捕へられたる間諜は、俘虜として取扱はるへく、前の間諜行為に対しては、何等の責を負ふことなし
第三章 軍使
【第三二条】(軍使の不可侵権)
交戦者の一方の命を帯ひ、他の一方と交渉する為、白旗を掲けて来る者は、之を軍使とす。軍使並之に随従する喇叭手、鼓手、旗手及通
訳は、不可侵権を有す。
【第三三条】(軍使を受ける義務)
軍使を差向けられたる部隊長は、必しも之を受くるの義務なきものとす。部隊長は、軍使か軍情を探知する為其の使命を利用するを防くに必要なる一切の手段を執ることを得。
濫用ありたる場合に於ては、部隊長は、一時軍使を抑留することを得。
【第三四条】(背信行為)
軍使か背信の行為を教唆し、又は自ら之を行ふ為其の特権ある地位を利用したるの証迹明確なるときは、其の不可侵権を失ふ。
第四章 降伏規約
【第三五条】(軍人の名誉に関する例規)
締約当事者間に協定せらるる降伏規約には、軍人の名誉に関する例規を参酌すへきものす。
降伏規約一旦確定したる上は、当事者双方に於て厳密に之を遵守すへきものとす
第五章 休戦
【第三六条】(作戦動作の停止)
休戦は、交戦当事者の合意を以て作戦動作を停止す。若其の期間の定なきときは、交戦当事者は、何時にても再ひ動作を開始することを得。但し、休戦の条件に遵依し、所定の時期に於て其の旨敵に通
告すへきものとす。
【第三七条】(全般的と部分的の休戦)
休戦は、全般的又は部分的たることを得。全般的休戦は、普く交戦国の作戦動作を停止し、部分的休戦は、単に特定の地域に於て交戦軍の或部分間に之を停止するものとす。
【第三八条】(通告)
休戦は、正式に且適当の時期に於て之を当該官憲及軍隊に通告すへし。通 告の後直に又は所定の時期に至り、戦闘を停止す。
【第三九条】(人民との関係)
戦地に於ける交戦者と人民との間及人民相互間の関係を休戦規約の条項中に規定することは、当事者に一任するものとす。
【第四〇条】(違反)
当事者の一方に於て休戦規約の重大なる違反ありたるときは、他の一方は、規約廃棄の権利を有するのみならす、緊急の場合に於ては、直に戦闘を開始することを得。
【第四一条】(処罰)
個人か自己の発意を以て休戦規約の条項に違反したるときは、唯其の違反者の処罰を要求し、且損害ありたる場合に賠償を要求するの権利を生するに止るへし。
● 第三款 敵国の領土に於ける軍の権力 ●
【第四二条】(占領地域)
一地方にして事実上敵軍の権力内に帰したるときは、占領せられたるものとす。占領は右権力を樹立したる且之を行使し得る地域を以て限とす。
【第四三条】(占領地の法律の尊重)
国の権力か事実上占領者の手に移りたる上は、占領者は、絶対的の支障なき限、占領地の現行法律を尊重して、成るへく公共の秩序及生活を回復確保する為施し得へき一切の手段を尽すへし。
【第四四条】(情報の供与)
交戦者は、占領地の人民を強制して他方の交戦者の軍又は其の防禦手段に付情報を供与せしむることを得す。
【第四五条】(宣誓)
占領地の人民は、之を強制して其の敵国に対し忠誠の誓を為さしむることを得す。
【第四六条】(私権の制限)
家の名誉及権利、個人の生命、私有財産並宗教の信仰及其の遵行は、之を尊重すへし。私有財産は、之を没収することを得す。
【第四七条】(掠奪の禁止)
掠奪は、之を厳禁す。
【第四八条】(租税その他の徴収)
占領者か占領地に於て国の為に定められたる租税、賦課金及通過税を徴収するときは、成るへく現行の賦課規則に依り之を徴収すへし。此の場合に於ては、占領者は、国の政府か支弁したる程度に於て占領地の行政費を支弁するの義務あるものとす。
【第四九条】(取立金)
占領者か占領地に於て前条に掲けたる税金以外の取立金を命するは、軍又は占領地行政上の需要に応する為にする場合に限るものとす。
【第五〇条】(連坐罰)
人民に対しては、連帯の責ありと認むへからさる個人の行為の為、金銭上其の他の連坐罰を科することを得す。
【第五一条】(取立金の徴収方法)
取立金は、総て総指揮官の命令書に依り、且其の責任を以てするに非されは、之を徴収することを得す。
取立金は、成るへく現行の租税賦課規則に依り之を徴収すへし。一切の取立金に対しては、納付者に領収証を交付すへし。
【第五二条】(徴発と課役)
現品徴発及課役は、占領軍の需要の為にするに非されは、市区町村又は住民に対して之を要求することを得す。徴発及課役は、地方の資力に相応し、且人民をして其の本国に対する作戦動作に加るの義務を負はしめさる性質のものたることを要す。
右徴発及課役は、占領地方に於ける指揮官の許可を得るに非されは、之を要求することを得す。
現品の供給に対しては、成るへく即金にて支払ひ、然らされは領収証を以て之を証明すへく、且成るへく速に之に対する金額の支払を履行すへきものとす。
【第五三条】(国有財産)
一地方を占領したる軍は、国の所有に属する現金、基金及有価証券、貯蔵兵器、輸送材料、在庫品及糧秣其の他総て作戦動作に供することを得へき国有動産の外、之を押収することを得す。
海上法に依り支配せらるる場合を除くの外、陸上、海上及空中に於て報道の伝達又は人若は物の輸送の用に供せらるる一切の機関、貯蔵兵器其の他各種の軍需品は、私人に属するものと雖、之を押収することを得。但し、平和克復に至り、之を還付し、且之か賠償を決定すへきものとす。
【第五四条】(海底電線)
占領地と中立地とを連結する海底電線は、絶対的の必要ある場合に非されは、之を押収し又は破壊することを得す。右電線は、平和克復に至り、之を還付し、且之か賠償を決定すへきものとす。
【第五五条】(国有不動産)
占領国は、敵国に属し且占領地に在る公共建物、不動産、森林及農場に付ては、其の管理者及用益権者たるに過きさるものなりと考慮し、右財産の基本を保護し、且用益権の法則に依りて之を管理すへし。
【第五六条】(公共用建設物)
市区町村の財産並国に属するものと雖、宗教、慈善、教育、技芸及学術の用に供せらるる建設物は、私有財産と同様に之を取扱ふへし。右の如き建設物、歴史上の記念建造物、技芸及学術上の製作品を故意に押収、破壊又は毀
損することは、総て禁せられ且訴追せらるへきものとす。
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