俘虜の待遇に関する千九百二十九年七月二十七日の条約

前文

■ 第一編 総則 ■
【第一条】俘虜の語義
【第二条】敵国の権内に属す/保護/報復手段の禁止
【第三条】人格及名誉の尊重/権利能力の保持
【第四条】給与義務/待遇の差別


■ 第二編 捕獲
 ■
【第五条】氏名、階級及番号に関する訊問応答/情報獲得を強要せらるることなし/身分を示すこと能はざる場合
【第六条】保有し得べき衣類及物品/金銭の取扱/身分証明書等の保有


■ 第三編 拘束
 ■
第一款 俘虜の後送
【第七条】危険区域より後送/危険区域に留置し得る場合/無益に危険に曝すことを得ず/徒歩に依る後送
【第八条】捕獲及宛名に関する相互通告/家族との通信/海洋捕獲の場合

第二款 俘虜収容所
【第九条】留置、幽閉又は禁足/不健康地及有害地よりの移送/異人種及異国籍人の分離収容/危険地域の回避

第一章 俘虜収容所の設備
【第十条】宿泊所/寝室

第二章 俘虜の食糧及被服
【第十一条】食料
【第十二条】被服/酒保

第三章 俘虜収容所の衛生
【第十三条】衛生的措置
【第十四条】医療
【第十五条】健康診断

第四章 俘虜の智的及道徳的要望
【第十六条】礼拝
【第十七条】智的及体育的娯楽

第五章 俘虜收容所内の規律
【第十八条】収容所の監督/礼式
【第十九条】徽章及勲章
【第二十条】用語

第六章 将校及之に準ずる者に関する特別規定
【第二十一条】称号及階級の相互通知/将校の待遇
【第二十二条】将校収容所に於ける従卒/将校の食糧及被服

第七章 俘虜の金錢収入
【第二十三条】将校の俸給
【第二十四条】所持金の最高限額及預金

第八章 俘虜の移送
【第二十五条】傷病者の移送
【第二十六条】移送に関する措置

第三款 俘虜の労働
第一章 総則
【第二十七条】兵卒/将校/労働災害に対する措置

第二章 労働の組織
【第二十八条】労銀等の支払の責任
【第二十九条】不適当なる労働に使役するを得ず
【第三十条】労働時間及休養

第三章 禁止労働
【第三十一条】作戦行動に関係ある労働
【第三十二条】不健康又は危険なる労働/懲罰手段としての労働

第四章 労働分遣所
【第三十三条】労働分遣所の制度及所属

第五章 労銀
【第三十四条】労銀を要せざる労働協定労銀/労銀決定の原則/預金の処分

第四款 俘虜と外部との連絡
【第三十五条】外部との連絡に関する措置の公表
【第三十六条】信書及郵便葉書に依る通信
【第三十七条】小包郵便物の接受
【第三十八条】郵便料金の免除/贈与品及救恤品に対する税金及運賃の免除/電信の発送
【第三十九条】書籍の接受/図書室用著作物の接受
【第四十条】通信の検閲及小包郵便物の監督/通信の禁止は一時的たるべし
【第四十一条】文書の送達/公証事務

第五款 俘慮と官憲との関係
第一章 拘束制度に関する俘虜の苦情申出
【第四十二条】拘束制度に関する苦情

第二章 俘虜の代表者
【第四十三条】信任者の指定
【第四十四条】信任者の待遇

第三章 俘慮に対する処罰
一 総則
【第四十五条】法規命令服従の義務
【第四十六条】罰に関する内国軍人待遇/懲罰に関する内国軍人待遇/体刑、暗室及残酷なる罰の禁止/連座罰の禁止
【第四十七条】規律違反に対する措置/裁判手続/予防的留置期間の刑期への算入
【第四十八条】処罰後の待遇
【第四十九条】官等剥奪の禁止/懲罰に付せられたる将校の特権保持
【第五十条】逃走に対する懲罰
【第五十一条】逃走の再企は利の加重情状となることなし/逃走幇助は懲罰せらる
【第五十二条】処罰の量定
【第五十三条】懲罰に付せられたる者の送還

二 懲罰
【第五十四条】最重き懲罰
【第五十五条】罰の加重
【第五十六条】懲罰を受くる場所
【第五十七条】読書及手紙の発受
【第五十八条】患者の診察及手当
【第五十九条】懲罰の言渡

三 訴追
【第六十条】裁判手続関係
【第六十一条】弁護
【第六十二条】弁護人の帯同
【第六十三条】判決
【第六十四条】上訴権
【第六十五条】判決の通知
【第六十六条】死刑言渡及言渡後の通知
【第六十七条】拘束に関する申請及苦情陳述の権利


■ 第四編 拘束の終了 ■
第一款 直接送還及中立国に於ける收容

【第六十八条】重病者及重傷者の送還
【第六十九条】混成医員会
【第七十条】右医委員会の診察を受くべき俘虜
【第七十一条】労働災害の罹災者
【第七十二条】長期拘束者の送還又は収容
【第七十三条】送還、移送の費用
【第七十四条】送還せられたる者の兵役

第二款 戦争終了の際に於ける解放及送還
【第七十五条】送還規定の設置


■ 第五編 俘虜の死亡
 ■
【第七十六条】遺言及死亡証明書


■ 第六編 俘虜に関する救恤及情報局
 ■
【第七十七条】官立情報局
【第七十八条】俘虜給恤協会
【第七十九条】情報中央部
【第八十条】料金、諸税の免除


■ 第七編 或種非軍人に対する条約の適用
 ■
【第八十一条】非軍人たる従軍者の俘虜の取扱


■ 第八編 条約の執行
 ■
第一款 総則
【第八十二条】条約の尊重
【第八十三条】俘虜特別条約
【第八十四条】条約本文の掲示用の国語
【第八十五条】条約の訳文及法規の通知

第二款 監督の組織
【第八十六条】条約適用の保障
【第八十七条】交戦者間の紛争処理
【第八十八条】前記規定は赤十字国際委員会の博愛的活動を妨げず

第三款 最終規定
【第八十九条】「ヘーグ」条約の補足
【第九十条】署名
【第九十一条】批准/寄託
【第九十二条】実施
【第九十三条】加入
【第九十四条】加入の効力発生
【第九十五条】戦争状態に在る諸国に対する効力発生
【第九十六条】廃棄/戦争中の廃棄国に対し効力を発生せず
【第九十七条】認証謄本の寄託、批准、加入、廃棄の通告

末文(署名国)

 

俘虜の待遇に関する千九百二十九年七月二十七日の条約
(外務省条約局)

【前文】
獨逸国大統領、亜米利加合衆国大統領、墺地利共和国連邦大統領、白耳義国皇帝陛下、「ボリヴィア」共和国大統領、「ブラジル」合衆共和国大統領、「グレート、ブリテン」、「アイルランド」及「グレート、ブリテン」海外領土皇帝印度皇帝陛下、「ブルガリア」国皇帝陛下、「チリ」共和国大統領、中華民国主席、「コロンビア」共和国大統領、「キュバ」共和国大統領、丁抹国及「アイスランド」国皇帝陛下、「ドミニカ」共和国大統領、「エジプト」国皇帝陛下、西班牙国皇帝陛下、「エストニア」共和国大統領、「フィンランド」共和国大統領、佛蘭西共和国大統領、希臘共和国大統領、「ハンガリー」国摂政殿下、伊太利国皇帝陛下、日本国皇帝陛下、「ラトヴィア」共和国大統領、「ルクセンブルグ」国大公殿下、「メキシコ」合衆国大統領、「ニカラグァ」共和国大統領、諾威国皇帝陛下、和蘭国皇帝陛下、「ペルシャ」国皇帝陛下、「ポーランド」共和国大統領、「ポルトガル」共和国大統領、「ルーマニア」国皇帝陛下、「セルブ、クロアート、スロヴェーヌ」国皇帝陛下、暹羅国皇帝陛下、瑞典国皇帝陛下、瑞西連邦政府、「チェコスロヴァキア」共和国大統領、「トルコ」共和国大統領、「ウルグァイ」共和国大統領、「ヴェネズエラ」合衆共和国大統領は
戦争なる極端な場合に於て能ふ限り其の避くべからざる惨害を軽減し且俘虜の状態を緩和することは一切の国の義務たることを認め
「ヘーグ」の国際条約殊に戦争法規及慣例に関する条約並に之に付属する規則を作成したる原則を拡張せんことを浴し
之が為条約を締結することに決し左の如く各其の全権委員を任命せり

(中略)(帝国全権委員、吉田伊三郎、下村定、三浦省三)

因て各全権委員は互に其の全権委任状を示し之が良好妥当なることを認めたる後左の如く協定せり


第一編 総則

【第一条】
(俘虜の語義)本条約は第七編の規定を害することなく左の者に適用せらるべし

(一)陸戦の法規慣例に関する千九百七年十月十八日の「ヘーグ」条約付属規則第一条、第二条及第三条に掲ぐる一切の者にして敵(註)に捕へられたる者
(二)交戦当事者の軍に属し海戦又は空戦中に於て敵に捕へられたる一切の者但し捕獲の状況が本条約の適用を不可能ならしむる場合は此の限りに在らず然れども右の除外は本条約の基本的原則を害することを得ず捕へられたる者が俘虜収容所に達したるときは直に右の除外は消滅すべし

(註)付属規則
第一条
戦争の法規及権利義務は単に軍に之を適用するのみならず左の条件を具備する民兵及義勇兵団にも亦之を適用す
一 部下の為に責任を負ふ者其の頭に在ること
二 遠方より認識し得べき固着の特殊徽章を有すること
三 公然兵器を携帯すること
四 其の動作に付戦争の法規慣例を遵守すること
民兵又は義勇兵団を以て軍の全部又は一部を組織する国に在りては之を軍の名称中に包含す

第二条
占領せられざる地方の人民にして敵の接近するに当り第一条に依りて編成を為すの遑なく侵入軍隊に抗敵する為自ら兵器を操る者が公然兵器を携帯し且戦争の法規慣例を遵守するときは之を交戦者と認む

【第二条】
(敵国の権内に属す)俘虜は敵国の権内に属し之を捕へたる個人又は部隊の権内に属することなし
(保護)俘虜は常に博愛の心を以て取扱はるべく且暴行、侮辱及公衆の好奇心に対して特に保護せらるべし
(報復手段の禁止)俘虜に対する報復手段は禁止す

【第三条】
(人格及名誉の尊重)俘虜は其の人格及名誉を尊重せらるべき権利を有す婦人は女性に対する一切の斟酌を以て待遇せらるべし
(権利能力の保持)俘虜は其の私権の完全なる享有能力を保持す

【第四条】
(給与義務)俘虜捕獲国は俘虜を給与するの義務を負ふ
(待遇の差別)俘虜の待遇の差別は其の待遇を受くる者の軍事的階級、肉体的又は精神的健康状態、職業的技能又は性の区別に基くに非ざれば不法とす


第二編 捕獲

【第五条】
(氏名、階級及番号に関する訊問応答)俘虜は其の氏名及階級又は登録番号に付訊問を受けたるときは実を以て答ふべきものとす
若右の規定に背くときは同種の俘虜に与へらるる利益を制限せらるることあるべし
(情報獲得を強要せらるることなし)俘虜は所属軍又は其の国の状況に関する情報を獲得する為俘虜に何等の拘束を加へらるることなかるべし回答を拒絶する俘虜は脅迫、侮辱を受くることなかるべく又如何なる性質たるを問はず不愉快又は不利益を被らしめらるることなかるべし
(身分を示すこと能はざる場合)俘虜にして肉体的又は精神的理由に依り其の身分を示すこと能はざる者は衛生部に委託せらるべし

【第六条】
(保有し得べき衣類及物品)個人用の衣類及物品(武器、馬匹、軍用装具及軍用書類を除く)並に金属兜及瓦斯予防「マスク」は俘虜の保有たるべし
(金銭の取扱)俘虜の所持する金銭は将校の命に依り且金銭を検証したる後に非ざれば取上ぐることを得ざるべし取上げたる金額に付ては受取証を交付すべし右金銭は各俘虜の勘定に記入せらるべし
(身分証明書等の保有)身分証明書、階級の徽章、勲章及貴重品は俘虜より取上ぐることを得ざるべし


第三編 拘束
第一款 俘虜の後送

【第七条】
(危険区域より後送)俘虜は危険圏外に置かるる為捕獲後成るべく速に戦闘区域より充分遠ざかりたる地域に在る収容所に後送せらるべし
(危険区域に留置し得る場合)俘虜にして負傷又は病気の為後送することが現地に留るよりも一層危険なる者に限り一時危険区域に留置せらるることを得べし
(無益に危険に曝すことを得ず)俘虜は戦闘区域より後送せらるる前無益に危険に曝さるることなかるべし
(徒歩に依る後送)徒歩に依る俘虜の後送は通常一日二十キロメートルの旅程を以て為すべきものとす但し水及食料の貯蔵所に到達する必要上一層長き旅程を必要とする場合は此の限に在らず

【第八条】
(捕獲及宛名に関する相互通告)交戦者は第七十七条に規定する俘虜情報局を通じ成るべく速に一切の俘虜の捕獲を相互的に通告するの義務を有す交戦国は又俘虜に宛てたる家族の通信の到達すべき公の宛名を相互的に通告するの義務を有す
(家族との通信)一切の俘虜は成るべく速に第三十六条以下に規定する条件の下に自ら家族と通信することを得せしめらるべし
(海洋捕獲の場合)海洋に於て捕へられたる俘虜に関して本条の規定は港に到着後成るべく速に適用せらるべし


第二款 俘虜収容所

【第九条】
(留置、幽閉又は禁足)俘虜は一定の地域外に出でざる義務を負はしめて之を都市、城塞其の他の場所に留置することを得べし俘虜は又垣を綾らせる営内に留置することを得べし幽閉又は禁足は巳むを得ざる保安又は衛生上の手段として且該当手段を必要とする事情の継続中に限り之を為すことを得べし
(不健康地及有害地よりの移送)不健康地に於て又は気候温和なる土地より来れる者に対し有害なる気候の地に於て捕へられたる俘虜は成るべく速に一層良好なる気候の地に移さるべし
(異人種及異国籍人の分離収容)交戦者は同一収容所内に異人種又は異国籍の俘虜を収容することを出来得る限り避くべし
(危険地域の回避)俘虜は如何なる時たるを問はず戦闘区域の戦火に曝さるべき地域に移送さるることなく又其の所在に依り或地点又は或地域を砲爆撃より避けしむる為に利用せらるることなかるべし

第一章 俘虜収容所の設備

【第十条】
(宿泊所)俘虜は衛生及保健に付出来得る限りの保障ある建物又は假建物内に宿泊せしめらるべし
該宿泊所は全然湿気を避け、必要の程度に保温且照明せらるべし火災の危険に対しては一切の予防法講ぜらるべし
(寝室)寝室(総面積、最少気容、寝具の設備及材料)に関しては捕獲国の補充部隊に対すると同一条件たるべし

第二章 俘虜の食糧及被服

【第十一条】
(食料)俘虜の定糧は其の量及質に於て補充部隊のものと同一たるべし
右の外俘虜は其の処分し得る食糧補足品を自ら調理する手段を供せらるべし
飲料水は充分に供給せらるべし喫煙は許さるべし俘虜は炊事場に使役せらるることを得べし
食糧に関する一切の団体的懲罰手段は之を禁止す

【第十二条】
(被服)被服、下着及靴は捕獲国に依り俘虜に支給せらるべし此等用品の交換及修理は規則的に為さるべし右の外労働者は労働の性質上必要なる場合は何処に於ても労働服を支給せらるべし
(酒保)各收容所内には酒保を設け俘虜をして地方的市価を支払ひて食料品及日用品を購買し得しむべし
酒保に依り収容所管理部の收むる利益は俘虜の為に利用せらるべし

第三章 俘虜収容所の衛生

【第十三条】
(衛生的措置)交戦者は牧容所の清潔及衛生を確保し且伝染病予防の為必要なる一切の衛生的措置を執る義務あるべし
俘虜は生理的法則に適ひ且常に清潔に保持せられたる設備を日夜供せらるべし
右の外収容所が出来得る限り設備すべき浴場及灌水浴場の外に俘虜は身体の清潔を保つ為充分なる水を供給せらるべし
俘虜は運動を為し及外気に当る機会を与へらるべし

【第十四条】
(医療)各收容所は医務室を備へ俘虜が其の必要とすることあるべき有らゆる性質の手当を受くることを得べし必要に応じ隔離室は伝染病患者の用に供せらるべし
治療の費用(補欠用假装置の費用を合む)は捕獲国の負担たるべし
交戦者は要求ありたるときは治療を受けたる一切の俘虜に対し其の病気の性質及期間並に受けたる手当を示す公の証明書を交付するの義務あるべし
交戦者は特別協定に依り医師及看護人を收容所内に留め置き之と同国籍の俘虜を介抱せしむるの権利を相互的に有することを得べし
俘虜にして重病に罹りたる者又は其の病状が重大なる外科手術を必要とする者は捕獲国の費用を以て比等俘虜を治療することを得べき一切の軍用又は民間の病院に收容せらるべし

【第十五条】
(健康診断)俘虜の医学的検査は少くも月に一回為さるべし該検査は一般の健康状態及清潔状態の監督並に伝染病特に結核及花柳病疾患の検出を目的とす

第四章 俘虜の智的及道徳的要望

【第十六条】
(礼拝)俘虜は軍事官憲の定むる秩序及取締に関する規定に服することを唯一の条件として其の宗教の運行に付一切の自由を与へられ其の宗派の礼拝式に参列することを得べし
俘虜にして或宗派の司教たる者は該宗派の名称如何に狗はらず自由に同宗派に属する者の間に宗教を司ることを許さるべし

【第十七条】
(智的及体育的娯楽)交戦者は出来得る限り俘虜の計画計畫する智的及体育的娯楽を奨励すべし

第五章 俘虜收容所内の規律

【第十八条】
(収容所の監督)各俘虜收容所は責任ある将校の管下に置かるべし
(礼式)俘虜は自国軍内に於て自国人に関し現に行はるる規則に依り定められたる礼式の外捕獲国の一切の将校に対して敬礼する義務あるものとす
俘虜たる将校は捕獲国の上級又は同階級の将校に対してのみ敬礼する義務あるものとす

【第十九条】
(徽章及勲章)階級の徽章及勲章の佩用は許さるべし

【第二十条】
(用語)一切の規則、命令、通告及公告は俘虜の了解する国語を以て通知せらるベし訊問に関しても同様の主義採用せらるベし 

第六章 将校及之に準ずる者に関する特別規定

【第二十一条】
(称号及階級の相互通知)戦争開始後直に交戦者は相当階級の将校及之に準ずる者の間に於ける待遇の平等を確保する為に各自国軍内に於て使用せらるる称号及階級を相互的に通知するの義務を有すべし
(将校の待遇)俘虜たる将校及之に準ずる者は其の階級及年齢に相当する敬意を以て待遇せらるべし

【第二十二条】
(将校収容所に於ける従卒)将校収容所の用務を辨ぜしむる為将校と同一軍に層する兵卒たる俘虜にして且出来得る限り同国語を話す者を該将校牧容所に派遣すべし右兵卒の数は将校及之に準ずる者の階級を考慮し充分なる数たるべし
(将校の食糧及被服)該将校及之に準ずる者は捕獲国に依り支払はるる俸給を以て其の食糧及被服を求むべし将校自身に依る日用品の管理は諸般の便宜を与へらるべし

第七章 俘虜の金錢収入

【第二十三条】
(将校の俸給)交戦国間の特別協定時に第二十四条に規定する協定を留保し俘虜たる将校及之に準ずる者は捕獲国より該国軍の相当階級の将校と同一の俸給を受くべし但し該俸給は俘虜が其の勤務したる国の軍に於て受くる権利を有する俸給を越過することを得ず右俸給は出来得れば月に一回金額を支払はるべく且捕獲国の負担と為るべき支出が俘虜の利益の為なりし場合と雖も該支出の為何等減額を為すことを得ず
交戦者は右の支払に適用せらるべき為替相場を協定すべし比の種の協定なきときは戦争開始の際に於ける相場適用せらるべし
俸給として俘虜に為されたる一切の支払は俘虜の服役したる国に依り戦争終了後返済せらるべし

【第二十四条】
(所持金の最高限額及預金)交戦者は戦争開始後直に各種の階級及役種の俘虜が所持することを許さるべき現金の最高限額を協定すべし俘虜より取上げられ又は留保せられたる超過額は俘虜に依り為されたる預金と同様俘虜の勘定に記入せらるべく且其の同意なくして他の種の貨幣に換へらるることなかるべし
俘虜の勘定の貸方額は拘束の終了に際し俘虜に支払はるべし
拘束期間中俘虜は右金額の全部又は一部を其の本国の銀行又は個人に移送するに付便宜を供与せらるべし

第八章 俘虜の移送

【第二十五条】
(傷病者の移送)作戦の進行上必要ならざる限り傷病俘虜は旅行に依り其の恢復を妨げらるる虞ある間移送せらるることなかるべし

【第二十六条】
(移送に関する措置)移送の場合には俘虜は其の新なる目的地を公に予告せらるべし俘虜は其の個人用品、通信及自己宛小包を携帯することを許さるべし
旧收容所に宛てられたる通信及小包が遅滞なく俘虜に輸送せらるる為有用なる一切の措置執らるべし
移送せられたる俘虜の勘定に属する預金は該俘虜の新居所の権限ある官憲に輪送せらるべし
移送に依り費されたる費用は捕獲国の負担たるべし


第三款 俘虜の労働
第一章 総則

【第二十七条】
(兵卒)交戦者は将校及之に準ずる者を除き健康なる俘虜を其の階級及才能に従ひ労働者として使役することを得べし
(将校)尤も将校又は之に準ずる者自己に適する労働を欲するときは出来得る限り之を与ふべし
俘虜たる下士は特に報酬的作業を要求せざる限り監督労働にのみ服せしめらるべし
(労働災害に対する措置)交戦者は拘束期間を通じ労働災害の罹災者たる俘虜をして捕獲国の法制上同一種類の労働者に適用せらるべき規定の利益を受けしむる義務あるものとす右捕獲国の法制上の理由に依り右の如き規定の適用を受くること能はざる俘虜に関しては該国は罹災者に対し衡平に賠償するに適する一切の措置を執るべきことを其の立法府に建議する義務あるものとす

第二章 労働の組織

【第二十八条】
(労銀等の支払の責任)補獲国は個人の為に働く俘虜の給養、手当、俸給及労銀の支払に関し全責任を負ふべし

【第二十九条】
(不適当なる労働に使役するを得ず)俘虜は何人と雖も肉体的に不適当なる労働に使役せらるることなかるべし

【第三十条】
(労働時間及休養)俘虜の一日の労働時間(往復時間を含む)は過度ならざるべく且如何なる場合と雖も該地方に於て同一労働に従事する民間労働者の為認めらるる労働時間を超過することを得ざるべし各俘虜に対し毎週連続二十四時間成るべく日曜日に休養を与へらるべし

第三章 禁止労働

【第三十一条】
(作戦行動に関係ある労働)俘虜に依り為さるる労働は作戦行動に何等直接関係なきものたるべし特に俘虜を各種兵器弾薬の製造及運搬並に戦闘部隊に宛てられたる材料の運搬に使役することを禁止す
前項の規定に違犯したるときは俘虜は命令実行の後若は実行の初に当り第四十三条及第四十四条に規定する任務を有する信任者又は信任者なき場合は保護国の代表者の仲介に依り其の要求を提出せしむる自由を有す

【第三十二条】
(不健康又は危険なる労働)俘虜を不健康又は危險なる労働に使役すべからず
(懲罰手段としての労働)懲罰の手段として労働条件の一切の加重は禁止せらる

第四章 労働分遣所

【第三十三条】
(労働分遣所の制度及所属)労働分遣所の制度は俘虜收容所の制度と同一たるべし特に其の衛生的条件、食糧、災害又は病気の場合の手当、通信並に小包の受領に関して然りとす
一切の労働分遣所は俘虜收容所に属すべし該收容所の所長は労働分遣所内に於ける本条約の規定の励行に付責に任ずべし

第五章 労銀

【第三十四条】
(労銀を要せざる労働協定労銀)收容所の管理、整理及保存に関する労働に対しては俘虜は労銀を受けざるべし
他の労働に使役せらるる俘虜は交戦者間に協定せらるべき労銀を受くる権利あるべし
該協定は又收容所菅理部の留保することを得べき割合、俘虜に属すべき金額及拘束中該金額の交付せらるべき方法を規定すべし
(労銀決定の原則)右協定の締結せらるる迄は俘虜の労働の報酬は左の原則に従ひ定めらるべし
(イ)国家の為に為されたる労働は当該国軍に属する軍人が同一労働に従事する場合に於ける現行定率に従ひ又は定率なき場合は為されたる労働に比例する率に従ひ支払はるべし
(ロ)他の公共団体又は個人の為に為されたる労働に対しては軍事官憲と協議の上条件を定むべし
(預金の処分)俘虜の貸方に殘る金額は拘束の終了に際し俘虜に交付せらるべし死亡の場合に於ては外交手続に依り死者の相続人に移送せらるべし


第四款 俘虜と外部との連絡

【第三十五条】
(外部との連絡に関する措置の公表)戦争開始後直に交戦者は本款の規定の実施に関し定められたる措置を公表すべし

【第三十六条】
(信書及郵便葉書に依る通信)各交戦者は各種類の俘虜が一月内に発送することを許さるべき信書及郵便葉書の数を定期に定め之を他の交戦者に通告すべし該信書及葉書は郵便に依り最短路に従ひ送付せらるべし懲罰的理由を以て此等郵便物を延著せしめ又は抑留することを得ざるべし
各俘虜は收容所到着後遅くも一週聞以内に及病気の場合に同様に其の家族に宛て捕獲及健康状態を報知する為郵便葉書を発迭することを許さるべし該郵便葉書は成るべく速に送付せらるべく且何等の方法を以てするを問はず遅滞せらるることなかるべし
通則として俘虜の通信は其の母国語を以て書かるべし交戦者は他国語に依る通信を許すことを得べし

【第三十七条】
(小包郵便物の接受)俘虜は其の食用又は被服に供する為の食料品及其の他の物品を含む小包郵便物を個人的に受領することを許さるべし小包は受取証と引換に名宛人に交付せらるべし

【第三十八条】
(郵便料金の免除)直接又は第七十七条に規定する情報局を通じて俘虜に宛てられ又は其の発したる信書、金錢又は有価物の送付及小包郵便物は差出国、名宛国及通過国に於て一切の郵便料金を免除せらるべし
(贈与品及救恤品に対する税金及運賃の免除)同様に俘虜に宛てたる贈与品及救恤品は輸入税其の他の諸税及国有鉄道の運賃を免除せらるべし
(電信の発送)俘虜は承認せられたる急用の場合には通常の料金を支払ひて電信を発することを許さるべし

【第三十九条】
(書籍の接受)俘虜は個人的に書籍の送付を受くることを許さるべく該書籍は検閲せらるることを得べし
(図書室用著作物の接受)保護国及公認救恤団体の代表者は俘虜收容所の図書室に著作物及書籍集を送付することを得べし
検閲の困難を理由として該送付物を図書室に交付するを遅延せしむることを得ざるべし

【第四十条】
(通信の検閲及小包郵便物の監督)通信の検閲は成るべく速に為さるべし尚小包郵便物の監督は小包の包含することあるべき食料品の保存を確保するに適する条件の下に且出来得れば名宛人又は名宛人に依り正当に認められたる信任者の面前に於て為さるべし
(通信の禁止は一時的たるべし)軍事上又は政治上の理由に依り交戦者の発令する通信の禁止は一時的の性質のみを有し得べく且出来得る限り短期間たるべし

【第四十一条】
(文書の送達)交戦者は俘虜に宛てられ又は其の署名したる証書、文書又は記録特に委任状及遺言状の送達に一切の便宜を与ふべし
(公証事務)交戦者は必要ある場合には俘虜の為せる署名の公証を確保するに必要なる措置を執るべし


第五款 俘慮と官憲との関係
第一章 拘束制度に関する俘虜の苦情申出

【第四十二条】
(拘束制度に関する苦情)俘虜は之を監督する軍事官憲に対し其の服する拘束の制度に関し申請を為すの権利を有すべし
俘虜は又保護国の代表者に対し拘束の制度に関し有することあるべき苦情の諸点を指示する為に陳述を為す権利を有すべし
右の申請及苦情の陳述は迅速に伝達せらるべし
該申請及苦情の陳述が根拠なしと認定せらるる場合に於ても之か為何等処罰せらるることなかるべし

第二章 俘虜の代表者

【第四十三条】
(信任者の指定)俘虜は其の所在する一切の地方に於て軍事官憲及保護国に対し自己を代表する任務を有する信任者を指定することを許さるべし
右の指定は軍事官憲の承認を受くべし
信任者は合同送付品の接受及分配に当るべし又俘虜が其の間に相互扶助の制度を組織することを決定する場合には該組織は該信任者の権限内に置かるべし尚信任者は俘慮に対し俘虜と第七十八条に規定する救恤協会との関係を容易ならしむる為仲介の労を提供することを得べし
将校及之に準ずる者の牧容所に於ては最高級先任将校たる俘虜は収容所官憲と俘虜たる将校及之に準ずる者との間の仲介者として認めらるべし之が為該将校は牧容所官憲との交渉に際し通訳として用ふる為一人の俘虜将校を指定する権限あるべし

【第四十四条】
(信任者の待遇)信任者にして労働者として使役せらるる場合には俘虜の代表者としての其の活動は義務労働時間内に計算せらるべし
信任者と軍事官憲及保護国との通信の為該信任者は一切の便宜を与へらるべし該通信の数は制限せられざるべし
俘虜の代表者は其の後継者をして進行中の事務に通ぜしむる為必要なる時間を与へらるることなくして移転せしめらるることを得ざるべし

第三章 俘慮に対する処罰
一 総則

【第四十五条】
(法規命令服従の義務)俘虜は捕獲国軍の現行法律、規則及命令に服従すべし
総て不従順の行為あるときは俘慮に対し該法律、規則及命令の規定する手段を施すことを得べし
尤も本章の諸規定を留保す

【第四十六条】
(罰に関する内国軍人待遇)俘虜は捕獲国の軍事官憲及裁判所に依り同一事実に付該国軍の軍人に対すると異なる罰を課せらるることなかるべし
(懲罰に関する内国軍人待遇)同一階級に付ては懲罰を受くる俘慮たる将校、下士又は兵卒は捕獲国軍に於て同一罰に関し定められたるものより不利なる待遇を受くることなかるべし
(体刑、暗室及残酷なる罰の禁止)一切の体刑、日光に依り照明せられざる場所に於ける一切の監禁及一般に一切の殘酷なる罰を禁止す
(連座罰の禁止)同様に個人の行為に付団体的の罰を課することを禁止ず

【第四十七条】
(規律違反に対する措置)規律違反を構成する事実特に逃走の企は至急確認せらるべし官等あると否とを問はず一切の俘虜に対し予防的拘留は最少限度に止めらるべし
(裁判手続)俘虜に対する裁判手続は事情の許す限り速に為さるべし予防的留置は出来得る限り制限せらるべし
(予防的留置期間の刑期への算入)一切の場合に於て予防的留置期間は該国軍人に対し認めらるる限り懲罰又は刑罰の期間より控除せらるべし

【第四十八条】
(処罰後の待遇)俘慮は其の課せられたる刑罰又は懲罰を終へたる後他の俘虜と異なる待遇を受くることなかるべし
尤も逃走の企に依り罰せられたる俘虜は特別の監視の下に置かるることを得べし但し該監視は本条約に依り俘虜に与へらるる保障を何等除去することを得ざるべし

【第四十九条】
(官等剥奪の禁止)捕獲国は俘虜の官等を剥奪することを得ず
(懲罰に付せられたる将校の特権保持)懲罸に付せられたる俘虜は其の階級に付帯する特権を奪はるることなかるべし特に自由の剥奪を伴ふ罰を受くる将校及之に準ずる者は下士又は兵卒にして罰せられたる者と同一場所に置かるることなかるべし

【第五十条】
(逃走に対する懲罰)逃走したる俘虜にして其の軍に達する前又は之を捕へたる軍の占領したる地域を離るるに先ち再ひ揃へられたる者は懲罰のみに付せらるべし
俘虜にして其の軍に達し又は之を捕へたる軍占領したる地域を離れたる後再び俘虜と為りたる者は前の逃走に対しては何等の罰を受くることなかるべし

【第五十一条】
(逃走の再企は利の加重情状となることなし)逃走の企は再犯の場合と雖も俘虜が該企中人又は財物に対して犯せる重罪又は軽罪に付裁判所に訴へられたる場合に於て刑の加重情状として考慮せられざるべし
(逃走幇助は懲罰せらる)逃走の企又は其の成就後に於て逃走に協同せる逃走者の同僚は其の理由に依り懲罰のみに付せらるべし

【第五十二条】
(処罰の量定)交戦者は俘虜の犯せる犯行が懲罰に付せらるべきや刑罰に付せらるべきやの問題の量定に関し当該官憲に於て最寛大なる態度に出づる様注意すべし
特に逃走又は逃走の企に関連する事実の量定に関し然るべし
俘虜は同一事実又は同一訴追事項に関し一度のみ罰せらるることを得べし

【第五十三条】
(懲罰に付せられたる者の送還)懲罰に付せられたる俘虜にして送還に関し規定せられたる条件に適合する者は該罰を終へざることの理由を以て留置せらるることなかるべし
送還すべき俘虜にして刑事上の訴追中の者は裁判手続の終了迄又場合に依り刑期の満了迄送還より除外せらるることを得べし判決の結果既に留置中の者は其の終了迄留置せらるることを得べし
交戦者は前項の理由に依り送還を許されざる俘虜の名簿を相互に通告すべし

二 懲罰

【第五十四条】
(最重き懲罰)拘留は俘虜に課せらるべき最重き懲罰とす
同一罰の期間は三十日を超過することを得ず
右の三十日の最大限は俘虜か数箇の事実に付懲罰を受くべき場合に於て右事実が相関連すると否とを問はず超過せらるることなかるべし
拘留中又は其の期間満了後俘虜が新なる懲罰を受けたる場合に於て拘留期間の何れかが十日又は十日を超ゆるときは両拘留の間に少くも三日の期間を置くべし

【第五十五条】
(罰の加重)第十一条末項の目的とする規定の留保の下に懲罰に付せられたる俘虜に対し捕獲国軍内に行はるる食糧制限を罰の加重として適用することを得べし
尤も右の制限は罰せられたる俘虜の健康状態が之を許す場合に非ざれば之を命ずることを得ざるべし

【第五十六条】
(懲罰を受くる場所)如何なる場合に於ても俘虜は懲罰を受くる為懲治所(刑務所、懲治監、徒刑場等)に移さるることを得ざるべし
懲罰を受くる場所は衛生上の要求に適合するものたるべし
罰せられたる俘虜は自ら清潔を保持することを得しめらるべし
右俘虜は毎日運動を為し又は少くも二時間屋外に留まることを得べし

【第五十七条】
(読書及手紙の発受)懲罰に付せられたる俘虜は読み且書くこと及手紙を発受することを許さるべし
之に反し小包及送金は満罰期迄名宛人に交付せざることを得べし配付せられざる小包にして腐敗し易き食料品を含むときは該品は医務室又は收容所炊事場に付与せらるべし

【第五十八条】
(患者の診察及手当)懲罰に付せられたる俘虜は其の要求に基き日日の診察を受くることを許可せらるべし該俘虜は医師の必要と認むる手当を受け且必要に応じ收容所医務室又は病院に引取らるべし

【第五十九条】
(懲罰の言渡)裁判所及上級軍事官憲の権限を留保し懲罰は收容所又は分遣所の所長として懲罰権を有する将校又は該将校を代理する資任ある将校のみに依り言渡さるべし

三 訴追

【第六十条】
(裁判手続関係)俘虜に対する裁判手続の開始に際し捕獲国は成るべく速に且常に弁論の開始期日前に保護国の代表者に之を通告すべし
右の通告は左の事項を含むべし
(イ)俘虜の戸籍及階級
(ロ)滞在又は留置の場所
(ハ)適用法規を記載する訴追事項の明細書
右の通告に於て事件の審理に当るべき裁判所、弁論開始期日及弁論の行はるべき場所の指示を与ふること能はざる場合に於ては後日成るべく速に且何れの場合に於ても弁論開始の前少くも三週間前に該指示を保護国の代表者に与ふべし

【第六十一条】
(弁護)俘虜は弁護の機会を与へられずして処罰せらるることなかるべし
俘虜は其の訴へられたる事実に対して有責なりと自認する為強制せらるることなかるべし

【第六十二条】
(弁護人の帯同)俘虜は其の選択する有資格の弁護人を帯同し且必要に応じ適当なる通訳を用ふる権利を有すべし俘虜は捕獲国に依り弁論の開始前適当なる時機に其の権利に付通告を受くべし
俘虜が選択せざる場合に於ては保護国は該俘虜に弁護人を付することを得べし捕獲国は保護国の請求に基き弁護を為す資格ある者の名簿を保護国に送付すべし
保護国の代表者は訴訟弁論に立会ふ権利を有すべし
右の原則に対する唯一の例外は国家の治安の為訴訟弁論の秘密を要する場合なりとす此の場合には捕獲国は保護国に之を予告すべし

【第六十三条】
(判決)俘虜に対する判決は捕獲国軍に属する者に関すると同一の裁判所に於て且同一の手続に依りてのみ言渡さるることを得べし

【第六十四条】
(上訴権)一切の俘虜は自己に下されたる一切の判決に対し捕獲国軍に属する者と同様の方法に依り上訴する権利を有すべし

【第六十五条】
(判決の通知)俘虜に対し言渡されたる判決は直に保護国に通知せらるべし

【第六十六条】
(死刑言渡及言渡後の通知)俘虜に対し死刑の言渡さるるときは犯行の性質及情状を詳細に記述する通知は俘虜の服役したる軍の所属国に移送せらるる為成るべく速に保護国の代表者に送付せらるべし
該判決は右通知より少くも三月の期間満了前に執行せられざるべし

【第六十七条】
(拘束に関する申請及苦情陳述の権利)俘虜は判決に依ると否とを問はず本条約第四十二条の規定の利益を剥奪せらるることを得ざるべし


第四編 拘束の終了
第一款 直接送還及中立国に於ける收容

【第六十八条】
(重病者及重傷者の送還)交戦者は重病者及重傷者たる俘虜が移送せられ得る状態に至りたる後階級及数に関係なく之を其の本国に送還する義務あるべし
従て交戦者は協定を以て成るべく速に直接送還の原因と為るべき負傷又は病気の場合及必要に応じて中立国に於て收容せしむべき場合を定むべし該協定の締結に至る迄は交戦者は本条約に参考として付属せられたる標準協定に依ることを得べし

【第六十九条】
(混成医員会)戦争開始後直に交戦者は混成医員会を構成する為協定すべし同会は三名の委員より成り中二名は中立国に属し一名は捕獲国の指名する者たるべし中立国医師の中一名を以て委員長とす同会は俘虜にして病者又は傷者たる者を診察し且之に対し有用なる一切の決定を為すべし
同会の決定は過半数を以て為さるべく且成るべく速に執行せらるべし

【第七十条】
(右医委員会の診察を受くべき俘虜)收容所の医官に依り指定せられたる者の外次に掲ぐる俘虜は直接送還又は中立国に於ける收容の為に第六十九条に規定する混成医員会の診察を受くべし
(イ)收容所の医官に対し直接に右要求を為す俘虜
(ロ)第四十三条に規定する信任者の申出に依る俘虜但し該信任者は自己の発意に依り又は俘虜の要求に基き行動するものとす
(ハ)俘虜にして其の服役したる軍の所属国又は該国に依り公認せられたる救恤協会に依り提議せられたるもの

【第七十一条】
(労働災害の罹災者)俘虜にして労働災害の罹災者と為りたる者は送還又は必要に応じ中立国に於ける收容に関し同一の規定の利益を享有せしめらるべし但し故意の傷者は此の限に在らず

【第七十二条】
(長期拘束者の送還又は収容)戦争の継続中及人道上の理由の為交戦者は健全なる俘虜にして長期の拘束を受けたる者の直接送還又は中立国に於ける收容の為協定を締結し得べし

【第七十三条】
(送還、移送の費用)俘虜の送還又は中立国への移送の費用は捕獲国の国境外に於ては右俘虜が服役したる軍の所属国に依り負担せらるべし

【第七十四条】
(送還せられたる者の兵役)送還せられたる者は現役の軍務に服せしめらるるを得ざるべし


第二款 戦争終了の際に於ける解放及送還

【第七十五条】
(送還規定の設置)交戦者が休戦条約を締結せんとするときは右交戦者は原則として俘虜の送還に関する規定を設くべし此の点に関する規定が右条約に挿入せられ得ざりし場含と雖も交戦者は成るべく速に之が為連絡をとるべし一切の場合に於て俘虜の送還は平和克復後成るべく速に行はるべし
尤も俘虜にして普通法上の重罪又は軽罪の為訴追中の者は右手続の終了迄及場合に依り刑期の満了迄留置せらるるを得べし普通法上の重罪又は輕罪の為刑の宜告を受けたる者に付ても同様なるべし
離散せる俘虜を捜索し且其の送還を確保する目的を以て交戦者は合意の上委員会を設置するを得べし


第五編 俘虜の死亡

【第七十六条】
(遺言及死亡証明書)俘虜の遺言は内国軍軍人と同一の条件を以て受領せられ且作成せらるべし
同様に死亡の証明に関する書類に関しても同一の規則に従ふべし
交戦者は拘束中死亡したる俘虜が鄭重に埋葬せらるる様及墳墓が有用なる一切の表示を有し、尊敬せられ且相応に維持せらるる様注意すべし


第六編 俘虜に関する救恤及情報局

【第七十七条】
(官立情報局)戦争開始後直に各交戦国並に交戦者を收容したる中立国は其の領域内に在る俘虜に関する官立情報局を設置すべし
各交戦国は其の軍に依り為されたる俘虜の一切の捕獲を成るべく速に其の情報局に通知し其の有する認識に関する一切の情報にして迅速に関係家族に了知せしむるを得べきものを右情報局に供給し且家族が俘虜に通信を為し得べき公の宛名を右惜報局に通知すべし
情報局は一方保護国の仲介に依り及他方第七十九条に規定せらるる中央部の仲介に依り前記一切の情報を関係国に速に伝達すべし
情報局は俘虜に関する一切の問合に答ふるの任務を有し俘虜の留置、移動、宜誓解放、送還、逃走、入院、死亡に関する一切の通報並に其の他各俘虜に関し銘銘票を作成補修する為に他の必要なる情報を各主務官憲より受くべし
情報局は該票に出来得る範囲内に於て且第五条の規定を留保して登録番号、氏名、出生日付及出生地、当人の階級及所属部隊、父の名及母の氏、災害の揚合に通知すべき者の宛名、負傷、捕獲の、留置の、負傷の、死亡の日附及場所並に他の一切の重要なる情報を記載すべし
各俘虜の認識を容易ならしむべき一切の新規の情報を含める週刊名簿は関係諸国に交付せらるべし
俘虜の銘銘票は平和克復後其の服役したる国に交付せらるべし
尚惰報局は送還せられ、宜誓解放せられ、逃走し又は死亡したる俘虜に依り遺留せられたる一切の自用品、有価物、信書、給料帳、認識票等を收集し且之を関係国に交付するの義務を有すべし

【第七十八条】
(俘虜給恤協会)慈善行為の媒介者たる目的を以て自国の法律に従ひ正式に組繊せられたる俘虜救恤協会は其の博愛的事業を有効に遂行する為交戦者より自己及其の正当の委任ある代表者の為に軍事上の必要に依りて定められたる範囲内に於て一切の便宜を受くべし右協会の代表者は各自軍事官憲より免許状の交付を受け且該官憲の定めたる秩序及取締に関する一切の規律に服すべき旨書面を以て約したる上收容所並に送還俘虜の途中休止所に於て救恤品を分与することを許さるべし

【第七十九条】
(情報中央部)俘虜情報中央部は中立国に設立せらるべし赤十字国際委員会は必要なりと認むるときは該部の組織を関係国に提議すべし
該部は俘虜に関する一切の情報にして公の又は私の方法に依り其の獲得し得べきものを蒐集するの任務を有すべし該部は右情報を俘虜の本国又は俘虜が服役したる国に成るべく速に交付すべし
此等の規定は赤十字国際委員会の博愛的活動を制限するものと解釈せられざるべし

【第八十条】
(料金、諸税の免除)情報局は郵便物に関する料金の免除並に第三十八条に規定せらるる一切の免除を享有すべし


第七編 或種非軍人に対する条約の適用

【第八十一条】
(非軍人たる従軍者の俘虜の取扱)通信員、新聞の探訪者、酒保商人、用達人の如き直接に軍の一部を為さざる従軍者にして敵の権内に陥り敵に於て之を抑留するを有益なりと認めたる者は其の随伴したる軍の軍事官憲の証明書を携帯する場合に限り俘虜の取扱を受くるの権利を有すべし


第八編 条約の執行
第一款 総則

【第八十二条】
(条約の尊重)本条約の規定は一切の場合締約国に依り尊重せらるべし
戦時に於て交戦者の一が本条約の当事者たらざる場合と雖も本条約の規定は之に参加せる交戦者の間に拘束力を有すべし

【第八十三条】
(俘虜特別条約)締約国は俘虜に関する一切の問題にして特に規律するを適当なりと認むるものに関し特別条約を締結するの権利を留保す
俘虜は送還の完了迄引続き右協定の利益を享有すべし但し前記協定若は将来に於ける協定に含まるる反対の明白なる規定又は同様に何れかの交戦者に依り其の留置する俘虜に関し執らるる更に有利なる措置ある場合は此の限に在らず
本条約の規定の相互の適用を確保し且前記特別条約の締結を容易ならしむる為交戦者は戦争開始後直に俘虜管理の任務を有する各自の官憲の代表者の会合を許可することを得べし

【第八十四条】
(条約本文の掲示用の国語)本条約及前条に規定せられたる特別条約の本文は一切の俘虜に依り参照せられ得べき場所に於て能ふ限り俘虜の母国語にて掲示せらるべし
右条約の本文は掲示せられたる本文を知ることを得ざる俘虜の要求あるときは之に対し通知せらるべし

【第八十五条】
(条約の訳文及法規の通知)締約国は本条約の公の訳文並に本条約の適用を確保する為採用せしめらるることあるべき法律及規則を瑞西連邦政府の仲介に依り相互に通知すべし


第二款 監督の組織

【第八十六条】
(条約適用の保障)締約国は本条約の正確なる適用が交戦者の利益の保護を委託せられたる保護国の協力の可能なるに依り保障せらるるものなることを認む此の点に関し保護国は外交官以外に自国人民又は他の中立国人民より代表を任命することを得べし右代表は其の任務を執行せんとする側の交戦者の承認を受くべし
保護国の代表者又は其の代表にして承認を受けたる者は俘虜の留置せられたる一切の場所に例外なく到ることを許可せらるべし右代表者又は代表は俘虜に依り占められたる一切の場所に到り且一般に立会人なく、自ら又は通訳の仲介に依り俘虜と会談することを得べし
交戦者は保護国の代表者又は代表にして承認を受けたる者の職務を容易ならしむべし軍事官憲は右代表者又は代理者の訪問を通知せらるべし
交戦者は俘虜の国籍を有する者が右視察旅行に参加を許さるることを承認する為協定し得べし

【第八十七条】
(交戦者間の紛争処理)本条約の規定の適用に付交戦者間に意見の不一致ある場合には保護国は右紛争の処理の為能ふ限り周旋すべし
之が為各保護国は関係交戦者に対し必要に応じて適当に選択せられたる中立地域に於る右関係交戦者の代表者の会合を特に提議し得べし交戦者は右趣旨を以て自己に対し為さるる提議を遂行するに努むべし保護国は場合に依り中立国に属する者又は赤十字国際委員会に依り派遺せられたる者にして右会合に参加を招請せらるべきものに対し関係国の承認を求むることを得べし

【第八十八条】
(前記規定は赤十字国際委員会の博愛的活動を妨げず)前記諸規定は赤十字国際委員会が関係交戦者の承認を得て俘虜の保護の為為し得べき博愛的活動を妨ぐるものに非ず


第三款 最終規定

【第八十九条】
(「ヘーグ」条約の補足)陸戦の法規慣例に関する「ヘーグ」条約(千八百九十九年七月二十九日のものたると千九百七年十月十八日のものたるとを問はず)に依り拘束せられ且本条約に参加する諸国間の関係に於て本条約は右「ヘーグ」条約付属規則第二章を補足すべし

【第九十条】
(署名)本日の日付を有すべき本条約は千九百二十九年七月一日「ジュネーブ」に開会したる会議に代表者を派遣したる一切の国の名に於て千九百三十年二月一日迄に署名せられ得べし

【第九十一条】
(批准)本条約は成るべく速に批准せらるべし
(寄託)批准書は「ベルヌ」に於て寄託せらるべし
各批准書の寄託に付調書一通作成せられ其の認証謄本は瑞西連邦政府に依り一切の国にして其の名に於て本条約が署名せられ又は加入が通告せられたるものの政府に交付せらるべし

【第九十二条】
(実施)本条約は少くとも二箇の批准書が寄託せられたる後六月にして実施せらるべし
爾後本傑約は各締約国に付其の批准書の寄託後六月にして実施せらるべし

【第九十三条】
(加入)本条約は其の実施の日より一切の国にして其の名に於て本条約が署名せられざりしものの名に於て為さるる加入の為開かるべし

【第九十四条】
(加入の効力発生)加入は書面を以て瑞西連邦政府に対し通告せらるべく加入書が同国政府に到達したる日の後六月にして効力を生ずべし
瑞西連邦政府は一切の国にして其の名に於て条約が署名せられ又は加入が通告せられたるものの政府に加入を通知すべし

【第九十五条】
(戦争状態に在る諸国に対する効力発生)戦争状態は戦争開始前又は開始後交戦国に依り寄託せられたる批准及通告せられたる加入に対し直に効力を生ぜしむべし戦争状態に在る諸国より受領せられたる批准又は加入の通知は最迅速なる方法に依り瑞西連邦政府に依り為さるべし

【第九十六条】
(廃棄)各締約国は本条約を廃棄するの権能を有すべし廃棄は書面を以て之を瑞西連邦政府に通告したる後一年を経過するに非ざれは効力を生ずることなかるべし瑞西連邦政府は右通告を一切の締約国の政府に通知すべし
廃棄は之を通告したる国に対してのみ其の効力を生ずべし
(戦争中の廃棄国に対し効力を発生せず)尚右廃棄は廃棄国が参加せる戦争中其の効力を生ぜざるべし此の場合に於ては本条約は一年の期間満了後平和克復迄引続き其の効力を保有すべし

【第九十七条】
(認証謄本の寄託、批准、加入、廃棄の通告)本条約の認証謄本一通は瑞西連邦政府に依り国際連盟の記録に寄託せらるべし同様に瑞西連邦政府に通告せらるべき批准、加入及廃棄は瑞西連邦政府に依り国際連盟に通知せらるべし

【末文】右証拠として前記全権委員は本条約に署名せり

千九百二十九年七月二十七日「ジュネーブ」に於て本書一通を作す右一通は瑞西連邦政府の記録に寄託保管せらるべく其の認証縢本は会議に招請せられたる一切の国の政府に交付せらるべし

(全権委員名省略)(署名国左の如し)
獨逸国、亜米利加合衆国、墺地利国、白耳義国、「ボリヴィア」国、「ブラジル」国、「グレート、ブリテン」及北部「アイルランド」並に国際連盟の個個の連盟国に非ざる英帝国の一切の部分、「カナダ」、「オーストラリア」、「ニュー、ジーランド」、南阿弗利加、「アイルランド」自由国、印度、「ブルガリア」国、「チリ」国、中国、「コロンビア」国、「キュバ」国、丁抹国、「ドミニカ」共和国、「エジプト」国、西班牙国(政府の承認を条件とす)、「エストニア」国、「フィンランド」国、佛蘭西国、希臘国、「ハンガリー」国、伊太利国
日本国
 吉田伊三郎
 下村定
 三浦省三
「ラトヴィア」国、「ルクセンブルグ」国、「メキシコ」国、「ニカラグァ」国、諾威国、和蘭国下、「ペルシァ」国、「ポーランド」国、「ポルトガル」国、「ルーマニア」国、「セルブ、クロアート、スロヴェーヌ」王国、暹羅国、瑞典国、瑞西国、「チェコスロヴァキア」国、「トルコ」国、「ウルグァイ」国、「ヴェネズエラ」国